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2006年08月20日

●一枚の布 小千谷縮み(おぢやちぢみ)

雪から生まれる布

小千谷縮み小千谷縮みという夏のきもの地があります。麻の織物なのですが生地の表面に波状の皺があるのが特徴。皺はしぼと呼ばれ、この凸凹したしぼがあるお陰で、風通しが良いだけでなく肌に張り付かないさらりとした着心地になり、盛夏のきものにもってこいというわけです。

小千谷縮みの生産地は新潟県小千谷市。小千谷といえば豪雪地帯。一年の半分をも雪の中で過ごすことを強いられる農家の女性達によって受け継がれてきました。

麻の糸は乾燥すると切れやすくなるので、雪が降る11月から4月の湿度が高い間に糸を績み(うみ)、機織りをします。

降雪が落ち着く春になると、織り上がった反物の糊を落とすため洗う。そして晴れた日に雪の上に干して晒す。これが越後の春の風物詩、雪晒し(ゆきさらし)です。日光で雪が蒸発するときに生じるオゾンの漂白作用により生地が晒され、白はより白く、色柄は鮮やかになります。

糸作りに始まり反物として仕上がるまで、ひと冬4メートルも降る雪が小千谷縮みには不可欠であることを知りました。遠い昔小千谷の人は深い雪にも負けず、むしろその雪を利用して小千谷縮みを生み出したのです。

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2005年11月21日

●人形と小物入れと布

河口湖ミューズ館、与勇輝作品展のチケット少し前のことですが、人形作家、与勇輝氏の作品が展示されている河口湖ミューズ館に行きました。ご覧になったことがありますか? 多くは子ども達を題材にした作品で、その子ども達の表情や仕草がまるで本当に目の前にいるかのように、あどけなく、可愛らしく、ときにひょうきんに、ときに悲しく、表現されています(写真はそのときのチケット)。

ポスターを1枚帰りに買ってきたのですが、「ごめんください」と題されたこの作品は、作者解説によれば、母親にお使いを頼まれ、おそるおそる訪問先の玄関の格子戸を開けたところだそうです。少女の表情がなんとも言えず可愛らしいのです。ほかに、「おやつ」という作品では、四人姉弟が並んで行儀よくまんじゅうを前に座っているですが、弟らしき男の子の目がなんともいえません。どうやら「自分の分だけ小さい」と思っているようで微笑ましい。このように与氏の作品は、生活の中のほんの一瞬だけを切り取って、しかし、そこからいろいろな情景や気持ちを見事に伝えてきます(氏の作品をご覧になりたい方はこちらで紹介されているバックナンバーをご覧ください。もちろん本物は現地で)。

ところで、氏はこうした作品を作るのに古い布を利用しているそうです。私の好きな「ごめんください」の作品も実は女の子が手にもつ「風呂敷包みの布を見つけるのに長い時間がかかりました」ということで、材料にもこだわって集めていらっしゃることが分かります。

古布から作られた小物入れ布と言えば、私の小物入れに古い着物のはぎれを使って作ったものがあります。何年か前に東京の横田基地界隈を歩いていたときに小さなお店で見つけたもの。お店の方が、捨ててしまうのはもったいないと、古い着物の布で作ったことを話してくださいました。着られなくなってしまったものでも、こうしてまた息を吹き込まれるものもあるのですよね。

与氏も作品を作る古い布(化繊のものは除く)を捜していらっしゃるという話がミューズ館に掲示されていました。ここでも、古布が新しい命をもらっているのですね。着物の布は、今は洗濯できるような便利なものもあって多様化しているようですが、古来の日本の布の、柄や風合いなど、その独特の美しさに改めて気づかされます。

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2005年10月23日

●一枚の布 - 会津木綿

aizumomen.jpg一緒に暮らしている母から和服仕立てのうわっぱりを頂戴しました。縞柄が特徴の会津木綿のものです。薄茶の地色に臙脂(エンジ),うぐいす、こげ茶、青の4本の縦縞模様は、ただ縦長の直線が並んでいるだけなのですが、これがなんともシンプルでしゃれています。色使いもすてき。ざらっとした綿の質感はたまりません。

会津木綿は、江戸時代の初期から福島県会津若松市いったいで織られてきた縞柄の綿織物のこと。時の藩主が会津藩士の妻の内職として機織りを奨励したのがきっかけで発達し、現在まで約400年もの間受け継がれている織物だそうです。妻たちの内職として発達していったせいでしょうか、機織職人の高度な技術で織られた織物と違い、技巧のない素朴な味わいがあります。

それにしても会津の妻たちは頑なに縞模様だけを織り続けています。どこかで絣模様が流行っていても見向きもしない。自分たちの縞にこだわり続けるその気質こそが会津人の頑固さなのだと解説している本があります。しかも同じ会津でも会津若松と喜多方、裏磐梯では縞柄がまったく違うのだそうです。それぞれの土地で育まれた独特の縞柄を土地の誇りとして守り続ける、この一本木な気質がそのまま一直線に伸びる縞模様そのものになっているような気がします。

会津といえばすぐに白虎隊の悲劇を思い浮かべてしまいますが、あの律儀で頑なまでに筋を通そうとした会津人の気質が、たった一枚の布に表れるなんて...。一枚の布に惹かれます。

2005年09月30日

●真心を包む

結婚と言えば、皆様、お祝いにはどんなものを贈られますか? ペアのワイングラスやコーヒーカップ、夫婦茶碗でしょうか。私もこういったものを頂き、今でも大切に使っていますが、ひとつ印象的だったものがありました。「家庭を持つのだから、こういうものを是非ひとつ持っていなければいけないよ」と言われて伯母からもらった風呂敷です。よそ様へ何か持ってご挨拶に伺うときにはきちんと風呂敷で包んで持っていくものなのだと。

風呂敷銀座の有名店のものだということで、手触りのいい上品な風呂敷でした。「なるほど、そういうものか」と思ったものの、私はかなり不器用なほうなので包むのもうまくありません。でも、四角い箱でも瓶でも丸いスイカでもいかようにも包めて、用が済めば小さくたたんで持って帰れる、そしてゴミにならないこの日本古来の風呂敷は確かに実用的です。紙袋につっと入れて、下手をするとそのまま先方にお渡しするといったようなのは無作法だろうし、第一、粋ではないでしょう。ここは頑張ってこの風呂敷を使いこなせればきっと格好がいい...。

とは言っても、お中元やお歳暮を贈るというような風習のない自由な気風の会社に勤め、普段の生活でも友達同士では簡単に手渡ししてしまうことが多かったし、その上、たまに目上の方へ贈り物をする場合でも、持参するより宅配便で送る世の中ですから、あまり使わずにここまできてしまいました。それにあの風呂敷、私にはもったいないような気もしていたのでした。

でも、もうあれからずいぶんと年月が経ち、私もそろそろこの風呂敷というものを本気で使おうかなと思うようになりました。「高価なものほど大事にしまっておいてはもったいない」と今日、たまたまお会いした方がおっしゃってました。確かにそうですよね、私の風呂敷ももっと使いこなしてやらなければ...。環境問題が重要な課題となった今、先人達の知恵を活かして日々の生活に役立てていければ、これも1つの環境保護活動になるかもしれません。

2005年07月10日

●立てばシャクヤク...

立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花 − 美しい女性の姿を花に例える言葉で有名なシャクヤクが、先週のお花のおけいこの花材でした。

syakuyaku1.jpg「やっといい芍薬が手に入ったのよぉ」と嬉しそうな先生。なるほど、細い茎はしなやかで、すらっと伸びた先端にまんまるのつぼみがつき、葉は小ぶりでイキイキしてます。芍薬(しゃくやく)の開花時期は3月から6月なので、本格的な夏になる前、梅雨時のこの時期を逃すと今年はもうシャクヤクには会えずじまいになってしまいます。おりおりの木々や草花を生けて季節感や自然を味わうのがいけばなの楽しみのひとつなのですが、木も花も生ものなので、1度旬の花材を逃すと次回またというわけにいかず、今年はとうとう桃を生けずに春が終わってしまったなんていうことになるのです。

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2005年05月04日

●山車の競り合い、青梅大祭

青梅大祭、本町の山車
渋滞と行列が苦手...。なので、ゴールデンウィークは遠出をしないことにしています。毎年5月3日は近くの青梅住吉神社の大祭なので、見物に行きます。

山車の競り合い手近とは言え、青梅駅周辺の旧青梅街道で繰り広げられる、この山車祭りは見ごたえがあります。計12台の山車がこの街道を行き来し、山車同士が出会うと、それぞれが回り舞台構造になっている上層部を相手のほうに向け、喧嘩囃子とも言うように囃子連や舞手が競って激しく舞い、太鼓や笛を鳴らします。また、山車のほかにも沿道に市内の囃子連が櫓を組んで、居囃子といって動かずに舞と囃子を続けていて、山車はこの居囃子とも競り合いをします。


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2005年03月28日

●和紙と言えば

washi_taiken.jpg和紙と言えば、私も和紙作りを体験したことがあります。東京の五日市にある「ふるさと工房五日市」で紙漉きをしました。

五日市では昔から和紙、とくに軍道紙と呼ばれる紙を作ってきました。この紙は、楮(コウゾ)の樹皮を原料に、トロロアオイの根から取れる粘液を加えて作ります。漂白剤は一切使わないということですが、繊維が長く、年数がたつ程に白くなるそうです。非常に丈夫であることから、製茶用の焙炉(ホイロ)紙や障子紙、帳簿紙、和傘などに利用されてきました。

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2005年03月21日

●ちぎり絵、和紙で表現する

和紙今日、知人のちぎり絵展に行ってきました。色紙やカードに椿の花やクリスマスツリーを貼ったものが「ちぎり絵」とばかり思っていましたが、とんだ誤解でありました。油絵と見まがう風景画、静物画そして人物画。どれも紙を貼り付けた絵とは思えない表現力で、びっくりしてしまいました。

知人の作品は、猫の絵と静物画。遠目で見たときは油絵のように見えたのですが、近づいて見たら、細かくちぎった和紙を張りつけているのがわかりました。ツタのからまる垣根から顔をのぞかせてる可愛い子猫ちゃんのふさふさした毛の感じは、ちぎった和紙の長い繊維で表現されています。本物の猫の毛みたい。ポットと果物の静物画を見ると、微妙な色合いの果物は彩りを幾重も重ねてあります。果物の艶と光の影は最後に絵筆をさっと走らせて表現したよう。透明感さえ感じます。

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2005年02月20日

●生花(いけばな)

毎年この時期(2月の10日前後から6日間)に銀座松屋で「いけばな古流協会展」が開催されます。華道の古流という流派の13の会派による合同展で、いけばなをやっているものにとっては1度に多くの作品を鑑賞できる年に1度の大イベントです。

古流とは池坊や草月流などのように生花(いけばな)の流派のひとつで、江戸時代の中期に誕生しました。古流の生花(いけばな)を見るとどれもこれも同じような生け方なので驚くかもしれませんが、これが、伝承の生花(せいか)様式というものです。基本的に「天地人」の3つの配置(枝や花)から構成されています。江戸の頃の儒教の影響で、それぞれには意味があり自然界を表現するわけです。

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2005年02月13日

●雛人形を飾る

2月になるといい日を選んで雛人形を出します。ちょっと面倒なのですが、ここは娘のために頑張って重い箱を持ち上げて、ひな壇を作り、飾っていきます。

hinaningyou.jpg
これとは別に、小さな陶器の雛人形(写真)があります。ずいぶんと前になりますが、新婚時代にデパートで一目見て気に入って買いました。なんともほのぼのとした、いや、はんなり、ともいおうか、その優しい表情に惹かれました。箱には「京陶人形、源氏絵巻、益三作」とあります。ネットで調べてみると、京陶人形の作家、小田益三さんの作品でしょうか。

雛人形といってもいろいろな種類がありますよね。木目込みのお人形もあるし、ちりめんや紙で作ったもの、いろは堂の九谷焼の高砂も味わいがあります。形は違っても「桃の節句」にお人形を飾るというのは、やはり女性にとっては独特の思い入れがあります。

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2005年02月06日

●漆器。普段の暮らしに 番外編

この間漆器についてのウェブログで、和菓子をいただくときの漆製の道具をナイフスプーンと呼んだことをずっと気に病んでいます。そこで今回は漆器についての番外編ということで日本語名について書くことにしました。

匙と菓子切り

ナイフ状のものは、お菓子を切り分けて食べやすい大きさにするために使うものです。漆器屋さんなどでは和菓子用ナイフという呼び方で売られている場合が圧倒的に多いようです。でもナイフという呼び方にはちょっと違和感があります。和菓子を切るための道具なのですから、昔から使われている日本語の名前があるはず。

和菓子といえば、お茶。お茶といえば茶道。茶道で和菓子をいただくときにはどんな道具を使っているのか。黒文字(クロモジ)と呼ばれる楊枝と菓子切りなるものがあることがわかりました。菓子切りは金属製のものが多くいわゆるナイフのような形状をしています。菓子切り。これでしっくりきます。和菓子用ナイフ改め、菓子切りとします。

スプーンは、でした。さじです。最近では日常では匙(さじ)という呼び方をめったにしなくなりましたが、子供のころはおさじと呼んでいました。今ではもうスプーンでもいいのでしょうが、輪島塗のこの道具、あえて、匙と呼ぶことにします。スプーンはすでに日本語化して、匙のほうは死語と化しているのかもしれません。でもお料理では今でも大匙、小匙という計り方をしますし、匙加減なんていう微妙な調整のニュアンスを表す言葉もあります。すべての匙がスプーンになってしまったら意味が伝わらなくなってしまいます。これはもう単語レベルの問題では納まりません。

日本に昔からある道具であるならば、正しい名前を伝えていくこと、そして懐かしいだけの言葉、消え行く言葉としてしまわないように、日本語としての名前を伝えて行く努力をしたいなと思いました。

2005年01月27日

●郡山の凍り豆腐

凍り豆腐、厚さ約3mm私は福島県は郡山の「みたて食ってみねえ会」というところから毎月、米に味噌などのセットを送ってもらっています。今月、届いたものの中に凍り豆腐がありました。

凍り豆腐(こおりどうふ)と言えば、一般に関西では高野豆腐として親しまれていますが、これを東北あたりでは凍み豆腐(しみどうふ)と呼ぶようです。生の豆腐を凍らせ、乾燥させて作ることは共通していますが、この郡山の凍り豆腐は一般にスーパーなどで見かける高野豆腐よりも厚さが薄く、3ミリぐらい。

実を言うと凍り豆腐は昔からあまり得意ではないのですが、この郡山の凍り豆腐、いけます。薄いせいなのか、味がしみやすく、また舌触りが滑らかです。普通の高野豆腐だとちょっとスポンジ状の食感(!?)をしていると思うのですが、これは私の料理の腕のせい?

さて、冒頭の「みたて食ってみねえ会」(みたてというのは御舘村、郵便局の不在通知が入っていたときに送り主の名前を告げるといつも笑われる)のセットにはいつも「みたて通信」という手書きの新聞が付いてきます。その中の一節。

昔のわらべ歌。「正月はイイもんだ。雪のようなママ食って。コッパ(木片)のようなオイヨ(魚)食って、アブラのような酒飲んで」。(中略)米だけの御飯が食べられるのは正月や祝い事の席ぐらいで麦飯が常食であるから、銀飯は最高のご馳走であった。塩漬の鮭でしょっぱくて魚の味などないくらいのものでも木を削ったようなオイヨは最高であったと子供たちが歌ったのである。

昔の質素な生活、そうした中での正月の晴れ晴れしさが想像され、また、今の日本の生活のなんと贅沢なこととも感じられました。

2004年12月29日

●餅つきで新年を

 2004年。この1年は皆様にとってどのような年でしたか。思い起こせば、鳥インフルエンザ、猛暑、次々とやってくる台風、新潟中越地震、それに浅間の噴火もありました。そして、もう新しい年へのカウントダウンも始まろうというときに、インド洋諸国を襲ったまさかの大津波。大変な年でした。

 それでも時は刻まれ続けます。いろいろありましたが、新たな気持ちで新しい年を迎えましょう。そして、日本の新年を迎えるには、お餅は欠かせません。今年、私が田植えから参加した里山体験では、収穫したもち米でお餅をつきました。

餅つき、こねる 餅つき、つく
 もち米をといで水に浸し、せいろで蒸し、そして杵と臼を使って餅をつきます。餅つきの情景としては、ぺったんぺったん、とつき、途中で合いの手が餅を返すというのが一般的でしょうが、そのようにつく前に、最初に蒸されたもち米を臼に入れたならば、杵を使ってそれを潰すようにこねる作業が必要なのだそうです。ある程度こねたらば、ぺったんぺったんとついていきます。そして滑らかな状態になれば出来上がり。

 辛み餅、最高。子供の頃はなんて辛いのだろう、と苦手だったけれど、今はあんこやきなこもよりも、こちらの方が好きになりました。やはり年をとったのか、それとも飲兵衛になったのか。帰りに古代米のもち米である「みどり米」(写真左)をお土産にもらいました。これをついたら緑色のお餅になるのね、きっと。ちなみに写真の右は赤米でうるち米です。ふつうのお米にちょっと混ぜて炊くとお赤飯のような美しい色合いになります。

 新しい年は地球市民、皆にとってよい年になりますように。
古代米、左が緑米、右が赤米

2004年10月21日

●いざ稲刈り!

古代米の実り今年の秋、日本列島は台風で本当に痛めつけられました。それでも、6月に田植えをした田んぼでは稲が実りました。ここでは赤米、黒米、みどり米という古代米が植えつけられているので黄金色とのコントラストが目に鮮やかです。

田植えのときと同じように、稲刈りも機械を使わず、鎌で刈っていきます。この日は秋錦という種類のお米を刈りました。子ども達も鎌を手に参加、ほどよい太さにまとめて藁で束ねます。10月になっても秋晴れにあまり恵まれなかったので田んぼはずいぶんとぬかるんだまま。「水の欲しいときに雨が降らず、要らなくなってから雨ばかりだった」ということで、豊作にはほど遠い出来でした。大勢だったのであっという間に刈り終えました。

刈った稲は運んで稲架がけします。ここで使った稲架は金属製でしたが、昔ながらのものは竹などの木で組まれているそうです。ここに稲をかけて干します。今回の作業はここまででしたが、この後に脱穀、精米といった工程を経て、はじめて米として食卓に出す準備ができるわけです。

お米に限らず私達がふだん口にしているものの1つ1つに、たくさんの手間がかかっていることをあらためて思います。そして、実りも痛みももたらす自然の偉大さも。
鎌で稲を刈る 稲架がけ

2004年10月14日

●鎮守様の秋祭り

akimatsuri1.jpg皆さんのお住まいの地域には、神社があってそこでお祭りが催されたりすることがあるでしょうか。私の住むすぐ近くには神社があり、普段はそれほど訪れる人も多くはないのですが、お正月や七五三といった行事の折にはここでお札を受けたりすることができます。この神社で先ごろ行なわれたお祭りを見てきました。そう、いわゆる「村の鎮守の秋祭り」ということでしょうか。

詳しい記録は現存していないということですが、室町時代末期にはすでにこの東京青梅の春日神社は存在し、周辺一帯の信仰を集めていたそうです。秋祭りでは獅子舞が舞われます。2種類の舞があり、それぞれが90分前後続くというから、見ごたえがあります。舞にはストーリーがあり、写真のものは一匹の雌獅子(赤い獅子)を雄獅子と太夫獅子が取り合うという筋で、かなり激しい動きが見られます。写真もそのスピードに追いつかず、ぶれていてゴメンナサイ。

獅子の周囲には棒遣、ささらの姿も見られます。ささらと言うと、私などは中華鍋を洗う道具を思い出してしまうのですが、こちらは、先を細く割ったささら竹と、のこぎりの歯のような刻みをつけた棒のささら子とをこすりあわせて音を出す楽器(大辞林)で、獅子舞などでよく使われるものだそうです。写真では着物を着て顔を隠した人がこのこのささらを持っていますが、これ、実は女装をした男子(小学生)なのです。とても珍しいのかと思いきや、実は奥多摩の大丹波の青木神社でも同様のものがあるようです。akimatsuri2.jpg

秋祭りの日にはいろいろな屋台が出るので、「たこ焼き」食べようかななどと思って出かけてみたのですが、年をとったせいなのでしょうか、こうした地域の行事も調べてみると面白いものだと感じるようになりました。皆さんのお住まいの地域にもきっとありますよ、伝統の行事。

2004年09月14日

●草津温泉 その2

今回は温泉と草津の町について。

kusatsu_machi.JPG
草津の湯は一般に「酸性含硫黄アルミニウム−カルシウム硫酸塩・塩化物泉(酸性低張性高温泉)」とされ、神経痛・筋肉痛・関節痛・皮ふ病・五十肩・うちみ・くじき等々に効くとされているようですが、難しいことはともかく、お湯に浸かれば理屈抜きにリラックスできます。さまざまな温泉のある大滝の湯、広大なスケールの露天風呂の西の河原温泉、無料で入浴できる18の共同浴場など、宿に泊まらずとも温泉を堪能できます。

温泉街も風情があります。近代的なビルに作り変えられた旅館も多いのですが、昔ながらの姿を残した宿もあります。お土産屋さんをひやかすのも一興。名物と言えば「湯の花」でしょう。湯畑には涌き出した熱い湯を冷ますために木樋が並んでいますが、この中に少しずつ温泉成分が沈殿していきます。これを取り出して乾燥させ、湯の花として売っているのだそうです。もちろん温泉まんじゅう屋さんも何軒もあって、試食させてくれるのが嬉しかったりします。

湯の花を混ぜて作ることで独特の青さを出す温泉ガラスやカラフルな鼻緒がかわいらしい下駄もありました。そうそう、温泉たまごも売っていました。2時間ぐらいかけて作るということで、温かいたまごをその場で頂けます。変わったところでは「猫屋」さん。猫グッズがいろいろと並ぶ中、「またたび」(ホントに猫は好きなのかしらん?)が置かれていました。猫好きの方にはお勧めです。

温泉の湯のぬくもりと、自然の力の大きさと、古きと新しきの混在する温泉街のおもしろさに魅了された旅でした。
湯の花 下駄屋さんの店先 温泉たまご
(草津についてさらにお知りになりたい方は草津温泉公式サイトへ)

2004年09月06日

●草津温泉 その1

9月に入り、暑かった夏も漸く終わりを告げようとしています。

草津の湯畑
そろそろ温泉で温まるのも悪くない季節です。私は一足お先に草津温泉を楽しんできました。ここ、草津は自然湧出泉としては日本一の湯量を誇り、古くは源頼朝も訪れたという歴史ある温泉です。写真は草津名物、湯畑の様子ですが、ここは草津の数ある源泉の一つです。現在は畑のように木でしつらえてありますが、私が小学生の頃にここを訪れたときは、まだ石で囲われているだけだったと記憶しています。妹と二人でこの端っこに入って父に写真を撮ってもらっていたら、誰かに「そこは入っちゃいけない」って怒られたっけ。確かにとても熱いので危険だったと思います。

草津白根山の火口湖、湯釜
「真水よりも温泉の方が多い」と言われるほど豊かな草津の湯の、その産みの親は草津白根山。白根山山頂に登る途中に殺生河原を通り過ぎると、卵の腐ったような硫化水素の臭いがたち込めていました。先ごろ噴火した浅間山からもそう遠くなく、このあたりが火山帯に含まれる地域であることをよく実感できます。

火口湖である湯釜周辺には植物もまばらで、明るい青緑色の湖面は神秘的でもありますが、ちょっと不気味な感じもします。この湖も酸性ですが、草津の温泉も強酸性で、ヨーロッパなどには見られない泉質です。

草津白根山の弓池
白根山には別の表情もあります。湯釜からすぐのところにある弓池(これも火口湖)一帯は木道も整備された湿地で、美しい風景を楽しめますし、ここからロープウェイの山頂駅まで歩いたときにはリンドウにも出会えました。白根山は、春にはシャクナゲ、夏にはコマクサも咲く爽やかな高原でもあるのです。(続く)

2004年06月14日

●田植えに行ってきました

田植え
家族で田植えイベントに参加しました。狭山丘陵の西の端に、雑木林のある里山の風景を残し、その文化を体験できる場を提供することを主な目的とした、大きな野山北六道山公園があります。ここには高低のある地形を利用したフィールドアスレチックなどもありますが、田んぼと小川、茅葺の民家もあり、年間を通じて「里山の体験」ができます。

「里山って何?」とおっしゃる方もあるでしょう。皆さんは「となりのトトロ」をご覧になったことがありますか? 一昔前の田んぼや畑、雑木林や小川などを舞台にした宮崎駿のアニメですが、そこに登場する風景は、実はこの一帯の里山をベースに描かれたものと言われています(八国山緑地もすぐ近く)。日本では古くから、農家が堆肥の元となる落ち葉や薪などを得る場所として、近くの雑木林を大事にしてきました。民家と雑木林が織りなす風景、それが里山の風景です。

ここで開催された「田植え」イベントで、入ってきましたよ、田んぼに。ほとんど経験のない、子供を含む人たちが田植えをしようっていうのだからそれは大変。職員の方達の指導を受け、目印に張ってくれる紐を頼りに古代米の苗を植えました。泥だらけになったけれど楽しい経験でした。田植えをしながらザリガニ捕りに興じる子供もいました。近くの小川にもザリガニやオタマジャクシがいて面白いぞ。お昼は民家でお弁当。おいしいお米ができますように!
里山の茅葺の民家

2004年04月22日

●いよいよ新茶の季節です

茶畑
新緑が美しい季節になりました。
冬の間一切の葉を落とし枯れ木のようにたたずんでいた木々から新芽が芽生え、そして新緑へと。圧倒的な生命力に神秘さえ感じます。木々の命の息吹をしっかり感じて元気になるエネルギーを分けてもらいましょう。



お茶の葉
木々の新芽といえば新茶です。新茶はその年最初に摘まれたお茶の新芽からつくられます。冬の間しっかりと蓄えられた栄養分をたっぷり含んだ新芽だけで作られるので、昔からこの時期に摘んだお茶を飲むと無病で長寿に至ると言い伝えられているそうです。

元気の源のお茶をお楽しみいただけますよう、九谷焼の急須お湯呑みをセレクトしてみました。
5月5日までオープン記念セールを実施しておりますので、この機会にどうぞご家族皆さまで九谷焼で新茶を味わってください。