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2006年02月04日

●九谷焼にかけた壮大なる夢、吉田屋伝右衛門

いろは堂の吉田屋風商品:河島 洋による壺、S7-5044 去る1月にNHKの新日曜美術館で美術展「古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展」に関連して九谷焼と吉田屋について取り上げていました。ご覧になった方もいらっしゃることと思います。古九谷と言えば、江戸初期のわずか40年ばかりの間に生産されていた焼物の名品ですが、生産地にも諸説あるほど、わからないことが多いのです。今回の「吉田屋展」に向けて発足した研究会では歴史的背景を研究し、いろいろなことが明らかになってきたと言います。
 古九谷が消えてしまって100年以上も後に、72歳にして九谷焼の再興に着手した加賀の商人、四代目吉田屋伝右衛門の話は非常に興味深いものです。長年コツコツと古九谷の釉薬を研究していたという釉薬調合の職人、粟生屋源右衛門が、九谷焼を愛してその再興を夢見る伝右衛門と出会ったことで、九谷焼の再興という壮大な浪漫が現実のものとなっていきます。伝右衛門の巨額の財を注ぎ込もうという熱意と、命の危険をも顧みずに伝右衛門の下で釉薬の調合を完成させた源右衛門がいなければ、今日の九谷焼はなかったかもしれません。
 ついに開かれた吉田屋窯には、何人かの上絵師がいたこともわかっています。通常は作品に絵師の名前はないのですが、特に優れたものはほとんどが鍋屋丈助の手によることが明らかになってきたと言います。画を学んでいたことのある上絵師、鍋屋丈助の技術は秀逸で、「鷺に柳図平鉢」など繊細な筆づかいには目を見張ります。量産を目指さずに鍋屋丈助が古九谷同様、一品一品絵筆をとっていったのでしょう。
 その後、吉田屋窯はまもなく閉じることとなりますが、青手古九谷の伝統を受け継いだ緑、黄、紫、紺青の四彩による繊細にして重厚な九谷焼の画風は現在でも吉田屋と呼ばれます。また、伝右衛門らが再興した九谷焼と区別するために江戸初期の九谷焼を古九谷と呼ぶようになったそうです。
 この「吉田屋展」は残念ながら東京ではもう終わってしまいましたが、3月26日まで石川県九谷焼美術館で開催中で、その後、京都、茨城、名古屋と場所を移しながら7月17日まで開催される予定です。

2005年09月19日

●高砂やこの浦舟に帆をあげて

ブーケ姉妹のように育った幼なじみの娘の結婚式に列席してきました。色白でぽっちゃりした甘えん坊のかわいいかわいい女の子だったあーちゃんの眩しいほど美しいウェディングドレス姿に感無量でした。なるべく自分たちの手でと、招待状だけでなく座席表やメニューまでも手作りし、最後には参列したひとりひとりに宛ててふたりからの感謝の言葉を送ってくれる演出など、ふたりの心配りと謙虚さがひしひしと伝わってきて嬉しいやら切ないやら。いつも遠くからあーちゃんの成長を見守らせてもらっていたつもりだったけれど、いつの間にかしっかりと自分の、そして自分たちの世界を築いていたのですね。

感激して涙ぐんでいるあーちゃんの横顔に一瞬、幼いときの面影を見ました。思わず生まれたばかりのあーちゃんを抱かせてもらった時のことを思い出しました。不思議だね、あーちゃん、あなたが生まれたことも奇跡だし、彼が生まれたことも奇跡です。そしてふたりが出会ったことも。

まだまだ「夫婦」進行形のわたしとしては、夫婦の在り方などなにひとつ語れませんが、出会ったふたりが少しでも長く一緒にいれることが一番のような気がします。一緒に白髪とシワを増やしていってね。

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2005年04月25日

●クタニクレーン 東洋への憧れ

偶然立ち寄った陶磁器の専門店でついに見つけました。ウェッジウッドのクタニクレーンのティーカップです。

クタニクレーン

いろは堂をはじめてしばらくした頃、イギリスの名窯「ウェッジウッド」に、クタニクレーンという日本の久谷焼を意識したシリーズがあると知って、ウェッジウッドの九谷焼っていったいどんなカップなのかしら?さっそくデパートのウェッジウッド専門店に出かけたのですが、
「クタニクレーンのシリーズはもう廃盤で現在は作られておりません。」という残念な返事。カタログもすでにないと言われると、「見たい、知りたい」の思いはつのるもので、以来、機会あるごとに陶磁器屋さんを覗くようになっていたのです。

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2004年11月04日

●あこがれの九谷焼「釉裏金彩の大皿」 その2

釉裏金彩(ゆうりきんさい)という技法は、まず磁器の素地に絵具を掛け地色をつくり、その上に絵柄に切った金箔を置いて焼き付け、さらに透明釉を掛けて焼き上げるというものです。つまり地色の釉薬と透明な釉薬とで金箔をサンドイッチしているわけです。

いわゆる金彩という技法では、器の表面に直接、金粉や金箔をのせて文様を描きますが、釉裏金彩では金粉や金箔で文様をつけた上にさらに透明な釉薬で皮膜を作ります。透明な釉薬、つまりガラスを通して金色の絵柄を透かし見ることになるので、描かれた絵が柔らかくなるのでしょう。金が剥がれないというメリットもあります。

やきものは中国渡来の技法がほとんどですが、釉裏金彩は日本生まれの技法だそうです。九谷焼では、1961年頃、竹田有恒という方によって始められましたが、吉田先生はそれを受けて、より洗練された独自の釉裏金彩を完成されたのだそうです。

薄緑色の地色に金で描く花木は吉田先生のワンパターンともいえる組み合わせ。しかし、このワンパターンこそが吉田先生が長年追求してきた独自の釉裏金彩であり、先生の究極の美の世界なのだそうです。金箔との相性のよい地色を求め、やっと行き着いた色がこの薄緑色=緑と黄色の中間のような色なのだと伺いました。

金の美しさとは、眩しさと輝きこそだと思っていましたが、その眩しさと輝きを抑えてなお、いや、むしろ控えることでその美しさが上品で洗練されたものになっていることに気が付きました。上品であることはほんとうに美しい。こんな女性になりたいものだと言ったらみんな笑うね...

2004年10月28日

●あこがれの九谷焼「釉裏金彩の大皿」 その1

これはいろは堂でいつの日かご紹介できたらなぁと思っているあこがれの大皿です。
釉裏金彩大山蓮華文

九谷焼作家の人間国宝、吉田美統(よしだみのり)先生の作品です。初めて作品を拝見した時、その作風が私の持っていた九谷焼のイメージとあまりにもかけ離れていたので、え、どうしてこれも九谷焼なの?と考え込んでしまいました。その疑問とともに、薄緑色の大皿に描かれた金色の蓮華の花の絵がずっとずっと脳裏に焼きついています。

先日思いがけず、私の住んでいる町の隣の駅のそばにあるデパートで、このあこがれの作品をたっぷりと鑑賞することができました。私は横浜に住んでいるのですが、石川県まで出向かずにこんな身近なところで吉田美統先生の作品を拝見できるなんてラッキー!とばかりに勇んででかけました。

初日の朝一番。閲覧者は私ひとり。10点ほどでしたでしょうか、台の上に鎮座する大皿、鉢、壷、花瓶、水指、茶碗をひとつづつゆっくりと拝見しました。お皿の裏までもじっくりと。薄緑色の地色(紫と赤の地色のものも1点づつありました。)に金で葡萄、木槿(むくげ)、鉄仙などの花木が描かれています。どれも釉裏金彩(ゆうりきんさい)という技法のもので、金箔が施されているのですが、金箔キラキラという感じはなく、優しくて上品な印象です。

薄緑色の地色の上に金箔で描かれている花木。まるで絵筆で描いたような繊細な絵。中でも木槿(ムクゲ)が描かれている大皿に惹かれました。木槿の花びらの柔らかさとそしてあのざらざらした葉の質感までも感じることができるのです。金箔といえば厚さ何ミクロンという、わずかな風にさえふわりと飛んでしまうほど薄い薄い紙状のものです。それを絵柄にあわせて切って貼る。花や葉の微妙なところまでもいったいどうやって表現されるのか、ため息とともにしばし見惚れてしまいました。(続く)

2004年04月26日

●もうすぐ母の日

皆さんは母の日はどうされますか。

スズラン

私が庭のある家に住むことになったとき、母が「これを返すから」といって実家の庭からアジサイを掘り起こしてくれました。実は、とある母の日に、私はアジサイの鉢植えをプレゼントしたらしいのです。もうずいぶんと前のことなのでアジサイをあげたことさえすっかり忘れていたのですが、なんでも「このアジサイを里子に出すからよろしくね」と私が言ったのだそうです。

で、やっとその機会が巡ってきたので里子を返すということらしい。そう言われてみると、駅前の花屋さんでとても気に入ったアジサイがあったので買い求めたような記憶が蘇ってきました。でも、里子に出すなんて言ったのかしら、と半信半疑のまま、まっ、アジサイがあってもいいか、と思って庭に植えました。そうして咲いたアジサイは、爽やかな青色のガクアジサイでした。(写真は、アジサイがまだ咲いていないので代わりに庭のスズラン)

いろは堂湯呑みS-574最近の母は年のせいもあってか、新しいモノは本当に要らないらしく、お土産でも何でもいったんは受け取るものの、しば〜らくしてから理由をつけて返してよこします (こんな人は世の中広しと言えどもウチの母だけでしょう、きっと)。だからといって「母の日」に何もしないのではなんだか味気ないし、今は近くに住んでいるわけではないので、どこかに連れて行くのも難しい、と結構悩みます。九谷焼のこんな湯呑みだったら、邪魔にせずに使ってくれるかしら。

2004年03月31日

●まずは九谷焼から

日本が誇る伝統工芸品を見直そう、そして日本の心意気や技をもっと海外の人々に知ってもらおう−そんな動機ではじめることになった「いろは堂」です。どうぞごひいきに。

まずは九谷焼をフィーチャーすることにいたしました。数ある伝統工芸品の中からなぜ一番最初に九谷焼なのか。これこそが招き猫による引き合わせとでもいいましょうか…。「いろは堂」の営業マン、I さんが個人的な理由で招き猫を探していたところ偶然手に入れたのが九谷焼の招き猫。これが小さな猫ちゃんで、手のひらにちょこんと載ってしまうほどの大きさなのですが、全身余すところなく実に華麗に装飾されているのです。これが言わずと知れた久谷焼かぁ、と感嘆する私たちをつぶらな瞳で見上げる猫ちゃんのあどけない表情に私たちはまいってしまいました。

maneki-neko_001b.jpg

すべて手描き。美しい色彩。独特の技法。確かに派手ではあるけれどどこか温かみがあり、人間味豊かな焼物。

九谷焼って聞いたことはあるけれど実際には見たことがない方や派手で高級品というイメージのため敬遠されている方々にぜひともこの美しさと温かさ、そしてそれを生み出す技をお伝えしたくて、まずは九谷焼の器選びからスタートです!

九谷焼の歴史や特徴などについて、これから少しづつこのウェブログで紹介させていただこうと思っています。皆様からのご指摘やさらなる情報もいただくことができましたら大変ありがたいのでぜひ教えてください。お願いします。