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2008年02月05日

●美の陰に職人ありー日本女性の装いの美をたどる「和モード」展

今年最初の、いろは堂スタッフのブログで、鼠色のことが紹介されていました。その発端となった年賀状を送ったのが私で、今回、ちょっと書かせていただくことになりました。それというのも、サントリー美術館(東京・六本木)で催された「和モード 日本女性、華やぎの装い」展(2007年12月23日〜2008年1月14日)という展覧会について、すでに終了して半月以上もたってしまいましたが、ぜひ書きたいと申し出たからです。

 この展覧会は、小袖や髪飾り、化粧道具、浮世絵といったサントリー美術館の所蔵品に表現された伝統様式を「和モード」と名付け、日本女性の装いの歴史と文化を伝えようとするものです。昨年3月末にオープンした東京の新名所、東京ミッドタウンにあるこの“和モダン”の美術館で、想像以上に優美で精緻な和モードの世界に浸ることができました

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2007年02月28日

●沖縄の布 -首里織、ミンサー織-

 以前に取り上げた芭蕉布や紅型以外にも、沖縄独特の布地はたくさんあります。450年もの間繁栄した琉球王国によって、ときには人頭税といった過酷な歴史も背景にして、育まれ受け継がれたこれらの布の美しさには目を見張ります。貴重な宮古上布や八重山上布、久米島紬...。首里織は琉球王朝のまさにお膝元で生まれ、多彩な色や織の技法を発展させていき、現在では花織や首里道屯、首里絣、首里手縞など多くの種類に分けられます。幾何学的な文様をベースとした柄はとてもモダンな感じがします。八重山など各地で織られたミンサー織は場所によって少しずつ違うようです。八重山ミンサーに用いられる5つと4つの絣模様は、「いつ(五)の世(四)までも末永く」という意味があるのだそうです。5つと4つの柄を重ねると一つの正方形になるので、強い絆を表しているとも言われます。
 第2次大戦の深い傷跡は今なお癒えぬものでしょうが、沖縄ではこうした伝統の布が時代の流れを経て、綿々と受け継がれているのです。
首里織 八重山ミンサー


 私の沖縄の旅は急ぎ旅でなかなかゆっくりと伝統工芸を観て回るということができませんでしたが、次に沖縄を訪れるときは、ゆったりとした時間と海の色、空の色を楽しみながら、すばらしい布を見てきたいと思いました。

2006年10月26日

●沖縄の布 -琉球紅型、城間栄順展-

城間栄順氏の琉球紅型展の記念作品集、NHK出版 前回、沖縄の紅型という染めについて書きましたが、その後、紅型の名工、城間栄順氏の琉球紅型展(10月3日から9日まで)が東京銀座で開かれたので行ってみました。紅型宗家第15代となる栄順氏が第二次大戦の激しい戦場となった沖縄から、その父、栄喜氏とともに偶然にも逃れて生き残ったことは、琉球紅型にとっては大きな幸運でした。戦後、何もかもが焼き尽くされてしまった沖縄で、必死に紅型の復興を目指した栄喜氏、その父の下で紅型を学び、父亡き後もこの紅型の伝統に新しい息吹を吹き込む仕事を続けている栄順氏。運命の不思議を感じるとともに、現在の紅型の興隆の影にはそれにかけた人々の強い情熱を思い起こされずにはいられません。
 今回の『宝布に華咲かち』と題した紅型展では、日本に残るまさに宝布ともいうべき素晴らしい布に、栄順氏の豊かな紅型染色が施された作品が数多く展示されていました。宝布とは、越後上布、結城紬、宮古上布、喜如嘉の芭蕉布、久米島紬、松岡姫。ガラス越しに明るい光が差し込む会場で、越後上布や芭蕉布の透けるような美しさに、さらに栄順氏の手による繊細な模様が加わって織りなす世界はまるで夢のよう。制作にはどれだけの時間がかかったことだろうと気も遠くなるような細かい図柄に華やかな色彩が映える久米島紬は無論のこと、藍色が印象的な芭蕉布や宮古上布の染色にもとても惹かれました。沖縄の自然に育まれた芭蕉布と紅型はとても相性がいいのですね。
 この素晴らしい布と染め、そして明るい光とあと風さえあれば、いながらにして夏に訪れた沖縄の海辺にタイムスリップしてしまいそう...。作品のほとんどは着物になっていて、私もいつかこんな素晴らしい着物に身を包むことができたら、と思いました(写真は今回の作品展の記念として出版されている『 宝布に華咲かち―城間栄順 琉球紅型作品集』です)。

2006年09月22日

●沖縄の布 -琉球紅型-

琉球紅型の風呂敷とコースター 沖縄の衣装というとどのようなものが思い浮かぶでしょうか。首里城を訪れると、独特の衣装を身にまとった女の人たちを目にします。いっしょに記念写真を撮らせてもらったり、中には衣装を借りて写真を撮ったりできるところもあるようですが、この衣装とはおもに赤や黄の地に細かい紋様が入ったあでやかな着物です。本州などのいわゆる内地ではあまり見ないようなこうした布は、中国や近隣諸国との交易を通して文化を育んできた沖縄ならではのものだと言えるでしょう。
 これは、麻や綿、絹、ときには芭蕉布などの素材に「紅型」(びんがた)と呼ばれる染色を施したものです。染色された糸を布に織り上げていく方法ではなく、織り上がった布を染めていきます。琉球紅型は基本的には型染めであり、布の上に型を置き、その上から糊を引きます。風呂敷や舞台幕などには筒描きと言って型を使わずに糊を直接置いて模様を描いていく方法もあります。いずれの方法も糊の間に手作業で色を差していくところが特徴で、型染めであっても1つ1つの作品が全く同じにはなりません。
 紅型は琉球王朝時代には王朝の礼服などに使用され、一般庶民には祝着としてしか許されていませんでした。王朝では身分や年齢などによって柄の大きさや地色などが違っていたそうです。また、一度使用した図案は王家に返さなければならなかったという話もあり、紅型の着物を一着作るには途方もない手間と時間がかかったことが想像されます。手の込んだ型を彫るにはときには何日もかかりますし、また色を手差ししていくにも膨大な時間がかかったことでしょう。
 第二次大戦時に壊滅的な被害を受けたものの、伝統を受け継ぐ人々が物資が不足するなかで紅型の復興を目指し、力を尽くしました。現在では紅型の工房も増えて、Tシャツや風呂敷、コースターなどお土産品として購入できる小物類も多彩になりました。紅型の着物はちょっと無理でも、こうした小物で沖縄テイストを気軽に味わうのもいいですね(写真は私のお土産、上から風呂敷、風呂敷の柄拡大、コースター)。独特の色と柄とが醸し出す美しさは沖縄らしさに溢れています。

2006年09月02日

●沖縄の布 -芭蕉布-

 このほど沖縄を訪ねてきました。沖縄は日本と中国、また東南アジアの国々との間に位置し、重要な交易の地として栄え、独特の文化を育んできた地です。
 首里城やはり印象的だったのは首里城。15世紀から450年ほどこの地を支配してきたのは琉球王国ですが、この王国によって建設され、現在は世界遺産にもなっています。朱塗りの奉神門をくぐれば、赤い絨毯のように真っ直ぐに正殿に向かう通路と整然と描かれた白い線が印象的な広場、そして龍を冠いた鮮やかな正殿が目に飛び込んできます。壮大な建築ときらびやかな装飾品などから、当時の琉球王国の繁栄振りと王族の力が偲ばれました。
 さて、沖縄には琉球ガラスや壺屋焼きなどさまざまな工芸品がありますが、特筆すべきはやはり布でしょう。琉球王国の王族のために発展していった首里織や、読谷や八重山など各地で織られたミンサー織、また芭蕉布など。

芭蕉布のバッグ、私が残波岬近くで購入したもの芭蕉布はこの琉球王国が繁栄する前から存在していたといいます。バナナと同じ仲間である糸芭蕉という植物の皮を原料にして、これから糸をとり、織り上げていくといいますが、栽培から乾燥等を経て手作業で布にしていくまでには膨大な手間と時間がかかります。布の分類で言えば、平織の絣。芭蕉布は「トンボの羽」にもたとえられるほど薄く軽くて風通しがよいので、暑い沖縄の夏を過ごすにはこの着物が絶好、着物も沖縄流にゆったりと着れば、風をはらんで涼しく過ごせます。
 繊維の質によって、着物のほかに、ネクタイやショール、コースター、写真のようなバッグも製作されています。写真は私がお土産用にと購入したバッグ。清涼感が夏に持ち歩くにはよいと思います。ワンピースが買えたらもっと涼しく夏をすごせたかもしれないけど...。

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2006年01月06日

●あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
今年が皆さまにとって、明るく穏やかな年でありますように

今年も去年と同じご挨拶になってしまいましたが
あまりにも辛く痛ましい事件や暗い事件ばかりのニュースを聞くにつけ、
ただただ、明るく穏やかであることを祈るばかりです。

年頭にあたり
今年もウェブログで日本の伝統工芸を紹介していきたいと思っています。

このところ「もったいない」という言葉が見直されているようですが、「モノを大切に使う」ことはごく普通の価値観だったはず。伝統職人の方々の技術と仕事の手間を知れば知るほど、作り手は使い手の心を思い、使い手は作り手の心に応えていたのが日本の手仕事だったのではないかということに気付かされます。

後継ぎがいない、営利と結びつかないなどの理由で衰退していく伝統工芸が博物館や個人のコレクションでしか見れなくなってしまわないように、伝統工芸が私たちの大切な宝物であることを認識し、そして日本の手仕事の原点に戻れたらと思っています。

2005年07月26日

●藍で染める

壺草苑の藍染コースター夏到来! 子どもにとっては嬉しい夏休みも、子どもに振り回される私にとっては嬉しいものかは甚だ疑問。とはいえ、こんな風に子どもといっしょに過ごせる夏はきっともうそう多くはないことを思って、今年は夏を満喫してみましょうか...

さて、青梅線青梅駅のほど近く、秋川街道沿いに「壺草苑」という藍染の工房があります。建物の脇に小学生ぐらいなら頭からすっぽり入ってしまいそうな大きな壺がいくつも並んでいました。建物の中に一歩足を踏み入れると、そこは藍染のギャラリー。デザイン、型おこし、染め、縫製まですべてをこの壺草苑でするという、スカーフやバッグ、帽子、テーブルセンターやコースターなどの小物から洋服まで、素敵な作品が並べられています。

その奥に、藍染の作業を行なう工房がありました。藍の染料が入った壺、これは外に並んでいた壺と同様のものだろうと思いますが、それが一段高くなった土間にほぼ全部埋められて口だけが上を向いて並んでいました。ここで藍染を、ほんのちょっとだけ体験してみることに...。

藍染の体験
どんなふうに染まるだろうか、と想像しながら、白いハンカチを思い思いに輪ゴムで縛ったり、紐で結わいたりしていきます。そのハンカチを先ほどの壺の染料に浸し、静かに揉みます。しばらく揉んでから染料から取り出して見るとハンカチは青色に。これを広げて空気に触れるようにします。それからまた染料に入れ、揉んで取り出して広げる、という作業を何回か繰り返します。そうしていくうちに、ハンカチの青がだんだんと濃くなっていきます。もういいかな、というところまで作業を繰り返したら、今度はハンカチを軽くすすぎ、止めてあったゴムや紐を取り外します。水の中でゆすぎながら広げてみると、きれいな模様ができていました。

それにしてもギャラリーに並ぶ作品の藍の色の美しいこと! 模様の繊細さにも目を奪われます。額縁の中には絵画風の複雑な藍染が飾られていて、いったいどのように染めていくのだろうと思いました。バッグなども欲しくなったけれど、きょうはお手頃なコースターをお土産に買って、できあがったハンカチも持って帰路に。夏休みの自由研究にもお勧めです。

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2005年01月21日

●漆器。普段の暮らしに

漆器、漆器、漆器今年もあっという間にお正月が通り過ぎっていってしまいました。なぜだか年々お正月が「らしく」なくなってくるようで... 

我が家では今年はとうとうおせち料理は一品も作らずじまい。おせち料理を作らない年末はとっても楽だけど、元日の朝食卓の上に重箱が載っていないのはちょっと淋しいかな。そういえばもうずいぶんと重箱の出番がないことに気が付きました。キッチンの棚にしまい込まれたままもう何年になるでしょう。

なぜか漆器は格調高く、特別な日の器と思いがちで、重箱も蓋つきのお碗もしまい込んだまま。しかも使った後の洗い方や手入れなどが面倒なのでついつい敬遠してしまいます。しかし漆器は本来堅牢で実用的な器のはず。古代、木の器を長持ちさせるために表面に漆(うるし)を塗って木の地を保護し丈夫にしたのですから。そういえば「縄文時代の遺跡から出土した漆塗の櫛や器は五千年のときを経てなお鮮やかな朱色をしていた」という記事を何かの本で読んだことがあります。そうか、それほど神経質になることないのかな。それよりもしまったままのほうがもったいない。敬遠していたら、漆の艶の美しさも、器のぬくもりも楽しめないまま死物と化してしまうかもしれない。

大切にする気持ちを忘れないで、気軽に使ってみましょうか。
大好きな K さんに内祝いにいただいた森英恵さんブランドの蒔絵風のお盆と朱色の鉢。モダンな小鉢は秋田の川連(かわづら)漆器。和菓子をいただくときのナイフとスプーンもありました。それから毎日使っているお碗。ぬるま湯で洗った後やわらかい布で拭いていると、なんだかわたしの気持ちまでやさしくなってくる気がします。

2004年08月15日

●ワラビ(蕨)とタピオカ

蕨もちとタピオカ.jpg
暑い夏にぴったりの涼しげなおやつ、わらび(蕨)もちとタピオカ入りココナッツミルクです。ぷるっとふるえるお餅。ぴにゅぷにゅでモチモチの食感のタピオカ。どちらもツルッとした喉ごしのよさがたまりません。

数年前に京都の平安神宮の近くのお蕎麦屋さんでいただいたわらび餅は口の中でとろける美味しさ。「本ワラビ粉」という貴重な材料で作られる和菓子だとはじめて知りました。

わらび餅の原料のワラビ粉は、あの山菜のワラビの根っ子の澱粉質からできたもの。でも最近では本物のわらび粉は非常に貴重な材料になってしまったとのこと。「本ワラビ粉使用」とか「ワラビ粉100%」と謳っているもの以外は、別の澱粉をまぜていることが多いらしい。ジャガイモやタピオカなどの別の植物の澱粉に助けてもらっているそうです。

えっ、タピオカ?ココナッツミルクの中に入っているタピオカのこと?そうなのです、透明な粒々のタピオカの正体も、実は澱粉。キャッサバという南方の芋の根っ子を粉にしたもので、良質で消化率がよいときているのでワラビ粉の代用として使われるようになったそうです。デザートのタピオカはタピオカ粉を粒状に加工したものなんですって。

「むかしはワラビ、今は東南アジアのお芋タピオカを使っている」 これはデザートの話ではありません。かつてワラビ粉は、番傘の糊としても使われていました。竹で組んだ骨組みに和紙を張るには、雨で剥がれない糊が必要です。ワラビの根の澱粉は水に強く虫にも食われないため、傘用の糊として重宝されてきたそうです。

でも、ワラビの根からデンプンを取り出すには、相当な労力を要する仕事であるうえ、今では原料の根っ子の収穫量や製造者が減少してしまい、残念なことにとても高価な粉になってしまいました。そこへ登場したのがタピオカ澱粉。保水力が強くすぐれた糊になるので、和傘の糊にはもってこいというわけです。

昔からの涼を代表する和菓子と同様、日本の伝統工芸品の世界でもタピオカは救いの神になってくれたのです。ちなみに和傘以外にも西陣織など高級織物染色にも使われているそうです。

いろは堂でご紹介している、日吉屋さんの京和傘もやはり昔は蕨粉を使っていたそうですが、現在はタピオカ粉を水で混ぜて糊にしているそうです。糊にする作業をお聞きしたところ、大変手間のかかる作業なのでびっくりしてしまいました。タピオカ粉を水と一定の割合で混ぜ、それを火で炊きながらかき混ぜます。とろみが出て来たところで、今度は擂鉢に移し、擂りこぎで20分〜30分こなし、一晩寝かせます。翌日再度擂りこぎで20分〜30分こなして、やっと使える糊になるんだそうです。

日本には自然の素材を用いて作られる工芸品がたくさんあります。けれど自然環境が変わり、生活様式も一変してしまった今、大切な習慣や伝統を守っていくためにいろいろな面で創意工夫がなされているのだなぁ...。ガラスの器の中でゆらゆらゆれるタピオカを眺めながら思うことでありました。

2004年08月10日

●思い出の扇子、一竹辻が花

一竹美術館で買った扇子
暑い日が続いています。日本の夏にはやはり扇子が欠かせませんね。最近は値段も手ごろな洒落た扇子がたくさん出回っていますが、私のお気に入りの一つは久保田一竹美術館で買った扇子です。もちろん本物の一竹辻が花ではないし(とても私などの手の届く品物ではございません)、生地も違うのですが、その美術館を訪れたときの感動と一竹辻が花の鮮やかさを思い出させてくれる、私にとっては大切な品です。

一竹辻が花染めは、室町時代に栄え、その後絶えてしまった縫締絞(ぬいしめしぼり)の辻が花染めに魅了された久保田一竹氏が、独自の研究を重ねて完成させた、たいへん美しい染めものです。よくぞここまで、と見るものを感嘆させずにはおかない色の積み重ねと精緻な模様には、どれだけの手間がかけられていることでしょう。この美術館には、できるだけ自分の作品を手元に残しておきたいと望んだ氏の作品が数多く展示されていて、それらはまさに絵画のようです。

ここを私が訪れたときは、折りしも庭のもみじが真っ赤に染まったこの上なく美しい秋でした。まだまだ残暑が続きますが、少し季節が移ろったら、いえ、夏休みでもきっともみじは爽やかに迎えてくれるでしょうから、是非一度、訪れてみてください。併設されている蜻蛉玉ギャラリーにも美しい蜻蛉玉(Glass Beads)がたくさんあって楽しめます。

2004年07月16日

●高崎の縁起だるま

参議院選挙が終わりましたが、選挙と言えばだるま(!?)、だるまと言えば張り子の縁起だるまです。だるまは、そもそも中国・嵩山の少林寺で『面壁九年』、壁に向かって9年座禅して悟りを開いたという達磨大使を模したもの。達磨大使が祀られている群馬県高崎市の少林山の第九代東嶽和尚が天明の飢饉(今から200年ほど前)で苦しむ農民を救済するために副業として張り子のだるまを作らせた、というのがその起源だそうです。
ずらりと並ぶだるま

こうしたことから、現在でも少林山付近にはだるまを作るところが多数あり、高崎市は実に全国の約8割もの生産高を誇っています。その一つ、大門屋さんを訪れました。店内には福だるまを始め、必勝だるま、安産だるまなどがずらりとだるまが並び、まさに圧巻。奥には工房があり、真夏だというのにたくさんのだるまを制作中。私は高崎だるまの勇壮な顔が好きなのですが、赤く塗られただるまに墨色の眉やヒゲが少しの筆の迷いもなく見事に描かれていくのに、ただただ感心するばかり(詳しい制作課程は高崎市の公式サイトの中の「観光」に説明があります)。

だるまの制作風景

高崎だるまの眉は「鶴」を、ヒゲは「亀」を表し、さらにお腹の部分には「福入」と金色の文字が入っていて縁起のいいことこの上なしです。達磨大使の七転八起、不屈の精神をもって事にあたれば、きっとよい結果が出ることでしょう。だるまは全国各地で生産されていて、それぞれに特徴があり、本当におもしろいですね。

追記:
大門屋さんでは工房を無料で見学できます。また、夏休みにおもに群馬県内の小学4年生を対象にだるま制作教室を開催します。日程は7/24、7/31、8/7、8/21、8/28の各土曜日、午前10時〜午後2時まで。またこれとは別にどなたでも体験できる45分のコースが随時あります。詳しくは大門屋さんのサイトへ

2004年06月24日

●焼物の文様、十草

十草模様の湯呑み
いろは堂の九谷焼の紹介の中に時折、「十草」(トクサ)という文様が出てきます。左の湯呑みは十草模様を少しアレンジしたものです。一般に十草模様と言えば、縦縞の模様ですが、さて十草とはどのようななものだかご存知ですか? 実は、これが十草です。

トクサ
トクサ科トクサ属の植物で、湿地に生える常緑のシダの仲間だそうです。先端に小さな胞子嚢が1つできますが、一年中こんな形をしています。シダ類にはスギナ(つくし)やぜんまいなどがあることを考えれば、花はおろか、葉っぱもない、こんな形でずっといる不思議さにも、ちょっと納得できるような気がします。

十草は「砥草」「木賊」とも書きます。茎が固く、ざらついているのですが、これを乾燥させたものを砥石のように木の表面を磨くのに使用することに由来しています。昔より家具(箪笥など)や工芸品(硯入れなどの木箱、わっぱ、和傘、印鑑、茶杓など)を作るときに、表面を磨いて仕上げるために使用されています。そのほか、目の薬としても利用されるそうです。

焼物の模様には、このように生活に密着した、身近にある物が多く描かれているのですね。

2004年05月07日

●私の好きなお茶 − 静山

どういうわけか、子供の頃からお茶が好きでした。そんな僕が生涯の友とも言えるお茶にめぐり合ったのは、たしか昭和58年頃でした。以来、今日までずっと同じお茶を飲み続けています。

その頃、知人から紹介された不動産屋の社長さんに「ここは値上がりしますよ」と勧められて、東京の中央線は高円寺駅の近くに中古の小さな家を購入したばかりでした。駅から商店街に入ってすぐの左手に「茶処つきじ」というお店があります。お茶はこのお店にありました。「静山」という銘がついています(この名前も気に入っています)。値段は100gで500円。静岡の藪北という品種、深蒸し、そして露地ものです。

「露地もの」というのはハウスではなく自然の環境で育てたもの、ということですね。露地とは、雨や露がじかにあたる地面、茶室へ通じる庭内の通路、または茶室の庭。「路地」とも書きます。仏教用語では、俗界を離れた静かな境地、だそうです。

英語で露地ものに相当する表現は、garden-grown とか raising outdoors あたりのようですが、イマイチ風情がありませんね。紅茶の世界だと、何か含蓄のある言葉があるのかもしれません。どなたかこのあたりのウンチクを披露してくれる人はいませんか?

千利休は露地のことを「浮世ノ外ノ道」と言い、茶の湯の世界を日常世界から隔絶する結界としての役割もある、と言っています。おいしいお茶を飲んで、浮世の煩悩からしばし解き放たれた時間を過ごせれば、一石二鳥。

閑話休題

さて、静山とのめぐり合いは、私の母校の先生のお宅を訪ねたことがきっかけです。ある用事で先生宅を訪ねた折に、奥さんが出してくれたお茶を一口飲み、今までに味わったことのないまろやかな味で、思わず「あの、このお茶なんというお茶ですか」などと奥さんに尋ねてしまいました。奥さん、微笑みながら「フカムシ茶です。静岡のものですね」。「フカムシ茶」が「深蒸し茶」であると教えられ、その名前をしっかり記憶に刻みつつ、帰りに買っていこ、と決心していました。帰路、新宿のデパートに寄り、フカムシ、フカムシ... と物色しているとすぐに見つかりました。静岡のものを選んで購入。急ぎ足で家にたどりつくや、早速お湯を沸かして淹れてみました。「う〜ん、なにか違うなぁ」。どうも、先生のところでいただいたあの味ではありません。と、そういえば、駅前でいつもお茶を煎る香りがしていたなぁ、と思い出し、そういうところなら良いお茶があるかもしれないと思い、明日寄ってみることにしました。翌日、商店街を歩いているとお茶を煎る香りがします。ああこれだ、と思いつつその香りに牽かれるようにしてたどり着いたお店が「つきじ」だったのです。お店に入って深蒸しのお勧めの銘柄をと頼むと、「これが値段も手ごろでよろしいかと」と出されたのが「静山」でした。

その後、同じお店でもっと値段の張るお茶に切り替えてみたり、他の店で買ってみたりと、色々な種類のお茶を試してみましたが、結局、「静山」にもどってきています−別に「つきじ」の宣伝をしてくれと頼まれているわけではありません、ホントに。たいていの人がおいしいと言ってくれています。ひょっとしたらそれはお愛想なのかもしれないのですが… 味覚も人それぞれなので、どうってことない、という人ももちろんいるでしょうけれど、私はこれからもこのお茶を飲み続けることでしょう。

このお茶に接していてひとつ思うのは、作りの「丁寧さ」です。このお店にはきっと自分のお店の味を出そうと一所懸命頑張っている親父さんやあるいはその後継ぎがいるに違いない、そう思わせる丁寧さですね。

2004年04月09日

●招き猫の手

はらはら舞う桜の花びらがなんとも美しくてしばし足を止めてしまいました。
桜は散り際までも美しいなぁ。
今年の桜は例年よりもずいぶんと早く開花したわりには、いつもより長く楽しませてもらっているような気がします。開花してからの寒暖の差が激しかったのが幸いしたのでしょうか....

新年度が始まりましたね。
楽しいことやわくわくするようなことがたくさん訪れますよう...

いろは堂も春一番のお客さまから嬉しいお便りをいただきました。

「色彩がきれいでとても可愛い表情をしています。自宅の飾りだなに早速、飾ってみました。まわりが一度に明るくなったようです。
お店に飾れば、きっとお客さんも喜んでくれると思います。」

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息子さんのお店に飾る招き猫を、ということで白盛をお買上げいただきました。気にいっていただけてとても嬉しいです。この白盛は小槌を持った招き猫で、お金とお客さま両方の御利益を招くと言われています。お店が益々繁盛しますように!
*****
食堂や酒屋さんの奥の棚にちょこんと座っている招き猫。登場は300年以上も前。前足を顔の横に挙げ、手を前に曲げる「手招きポーズ」が人を招いて見えるので縁起がいいとされ、千客万来、商売繁盛を願って商屋に置かれるようになったそうです。

今では商売繁盛・千客万来だけでなく、我々庶民の様々な願いを込めた縁起物になってきているようです。材質・かたち・色・表情なども、数え切れないほどの種類があるので猫好きにはたまらない。 縁起物としてだけでなく、趣味で集めているコレクターがたくさんいらっしゃるにちがいありません。

招き猫がいったいどんな福を招いてくれるのかはその上げている手で決まります。
右手をあげているのは、お金
左手をあげているのは、人(お客様)
しかし、まったく逆のこと(左手がお金で、右手が人)を言っている説もあります。どちらなのでしょうか、どなたかご存知の方教えてください。

両手をあげている招き猫もいます。一挙両得すべての福を招くそうです。
両手を合わせ拝んでいる招き猫も見つけました。この猫はお祈り猫だそうです。「神だのみ」ならず「猫だのみ」でしょうか。

右手上げが雄、左手上げが雌との説もあります。これだと縁起とは無縁になってしまいますけれど。

上げている手の長さにも意味があります。長いほど「手長」とよばれ、遠くの福を呼ぶとか、福がたくさんやってくるとか言われて珍重されているそうです。でも短いものにもきちんと「近くの福がやってくる」という意味が込められているそうなので、手の長さなんかで猫ちゃんに優劣をつけないでくださいね。

さらに、持ち物にも意味があります。これについては次回。
では、皆さまに福来たれ

2004年03月31日

●まずは九谷焼から

日本が誇る伝統工芸品を見直そう、そして日本の心意気や技をもっと海外の人々に知ってもらおう−そんな動機ではじめることになった「いろは堂」です。どうぞごひいきに。

まずは九谷焼をフィーチャーすることにいたしました。数ある伝統工芸品の中からなぜ一番最初に九谷焼なのか。これこそが招き猫による引き合わせとでもいいましょうか…。「いろは堂」の営業マン、I さんが個人的な理由で招き猫を探していたところ偶然手に入れたのが九谷焼の招き猫。これが小さな猫ちゃんで、手のひらにちょこんと載ってしまうほどの大きさなのですが、全身余すところなく実に華麗に装飾されているのです。これが言わずと知れた久谷焼かぁ、と感嘆する私たちをつぶらな瞳で見上げる猫ちゃんのあどけない表情に私たちはまいってしまいました。

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すべて手描き。美しい色彩。独特の技法。確かに派手ではあるけれどどこか温かみがあり、人間味豊かな焼物。

九谷焼って聞いたことはあるけれど実際には見たことがない方や派手で高級品というイメージのため敬遠されている方々にぜひともこの美しさと温かさ、そしてそれを生み出す技をお伝えしたくて、まずは九谷焼の器選びからスタートです!

九谷焼の歴史や特徴などについて、これから少しづつこのウェブログで紹介させていただこうと思っています。皆様からのご指摘やさらなる情報もいただくことができましたら大変ありがたいのでぜひ教えてください。お願いします。