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<title>IROHA Blog</title>
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<modified>2008-02-05T15:53:49Z</modified>
<tagline>伝統工芸品と日用品のお店「いろは堂」が運営するお客さまとの交流の場</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2008, mariko</copyright>
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<title>美の陰に職人ありー日本女性の装いの美をたどる「和モード」展</title>
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<modified>2008-02-05T15:53:49Z</modified>
<issued>2008-02-04T15:48:23Z</issued>
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<created>2008-02-04T15:48:23Z</created>
<summary type="text/plain">この展覧会は、小袖や髪飾り、化粧道具、浮世絵といったサントリー美術館の所蔵品に表現された伝統様式を「和モード」と名付け、日本女性の装いの歴史と文化を伝えようとするものです。昨年３月末にオープンした東京の新名所、東京ミッドタウンにあるこの“和モダン”の美術館で、想像以上に優美で精緻な和モードの世界に浸ることができました。</summary>
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<name>mariko</name>

<email>mariko@sohos.com</email>
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<dc:subject>伝統工芸</dc:subject>
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<![CDATA[<p>今年最初の、いろは堂スタッフのブログで、鼠色のことが紹介されていました。その発端となった年賀状を送ったのが私で、今回、ちょっと書かせていただくことになりました。それというのも、サントリー美術館（東京・六本木）で催された<a href="http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/07vol05wamode/index.html">「和モード　日本女性、華やぎの装い」展（2007年12月23日〜2008年1月14日）</a>という展覧会について、すでに終了して半月以上もたってしまいましたが、ぜひ書きたいと申し出たからです。</p>

<p>　この展覧会は、小袖や髪飾り、化粧道具、浮世絵といったサントリー美術館の所蔵品に表現された伝統様式を「和モード」と名付け、日本女性の装いの歴史と文化を伝えようとするものです。昨年３月末にオープンした東京の新名所、東京ミッドタウンにあるこの“和モダン”の美術館で、想像以上に優美で精緻な和モードの世界に浸ることができました</p>]]>
<![CDATA[<p>例えば、小袖。平安時代の十二単（じゅうにひとえ）から、江戸時代にはより華やかに、より多彩に進化した、いわばおしゃれなコートです。染めや織り、刺繍などの技術を駆使して、花鳥風月や文字などをあしらった展示品の小袖たちの、なんときらびやかなこと！　現代で最も華やかとされる花嫁衣裳の色打ち掛け以上の絢爛豪華さを誇る美術品がずらりと並び、見る人みな感嘆の声をあげるほどです。</p>

<p>　そのほか、これも伝統工芸の蒔絵が施された櫛（見たこともないほど細かい櫛の目にもビックリ！）、隅々まで配慮されているうえに愛らしい化粧道具（これ欲しい、と思う現代女性もいるはず！）なども美の競演状態でした。見るほどに「日本の女性たちは、なんと美への探求心が強かったのだろう」と思うばかり。</p>

<p>　自らを美しく装うこと。それはどんな時代でも、女性にとって大切な自己表現なのだと、展示品を見ながら確信しました。また、それを可能にしてくれる衣裳や道具の美しさは、つくり手の職人たちの技術あってこそのもの。</p>

<p>　現に、実は、私がこの展覧会で一番印象深かったのが、『職人尽図屏風』（江戸時代17世紀）でした。機織、縫取（刺繍）、型置（染め）といった市井の職人たちが働く姿が描かれた屏風絵で、どんなふうにして作業をしていたかがうかがえるものです。こんな証拠写真みたいな作品が描かれていたことはとてもめずらしいと思いますが、まさに、美の陰に職人あり。残念ながら、こうした精巧で優美なものをつくれる職人さんが激減している現代の日本にあって、やはりまずは、伝統工芸品でその美に触れることの大切さを感じた展覧会でした。</p>]]>
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<title>あけましておめでとうございます</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/post_76.html" />
<modified>2008-01-03T07:53:44Z</modified>
<issued>2008-01-03T07:29:14Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2008:/mt//1.91</id>
<created>2008-01-03T07:29:14Z</created>
<summary type="text/plain">子の年　ねずみ年にちなみ
ライターをしながら染織の勉強をしている親友からの年賀状で日本にはいろいろな鼠色があることを教えられました。
さっそく「日本の色」という本を見てみると、日本の伝統色の鼠色には「四十八茶百鼠」という言葉があるほど多彩な茶色と鼠色があるそうで、びっくり。（実際にこれだけの色数があったどうかはわかりません。それほど多かったということ。）</summary>
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<name>mariko</name>

<email>mariko@sohos.com</email>
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<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.iroha-dou.com/mt/">
<![CDATA[<p>いろは堂をいつもご覧頂いている皆さま、昨年はどうもありがとうございました。<br />
本年もどうぞよろしくお願いいたします。</p>

<p>この一年皆さまがつつがなく健康に過ごせますようお祈り申し上げます。</p>

<p><strong>子の年　ねずみ年</strong><br />
ライターをしながら染織の勉強をしている親友からの年賀状で日本にはいろいろな鼠色があることを教えられました。<br />
さっそく「日本の色」という本を見てみると、日本の伝統色の鼠色には「四十八茶百鼠」という言葉があるほど多彩な茶色と鼠色があるそうで、びっくり。（実際にこれだけの色数があったどうかはわかりません。それほど多かったということ。）</p>

<p>これらは江戸時代たびたびの奢侈禁止令によって衣服の華美が規制されたお陰で生み出された副産物といえます。幕府の規制により目立たないものしか身に着けることを許されなかった江戸の町人は、それでも創意工夫を重ねおしゃれを楽しみました。表向きは目立たない縞模様や小紋で模様染めを極め、色では「おかまいなし」とされた茶色系と鼠色系で多彩な色相を生み出したのです。</p>

<p>茶色系も鼠色系も華やかさとは無縁の渋い色ですが、微妙な変化をつけて新しい色を作っては、利休鼠、深川鼠、桜鼠、小豆鼠、小町鼠、玉子鼠など、茶人の名、風月山水などあらゆるものから名前を付け楽しんだのでしょう。</p>

<p>多彩なねずみ色をご覧あれ<a href="http://www.kimono28.com/100nezu.htm">http://www.kimono28.com/100nezu.htm</a></p>

<p>伝統色の世界も奥深く、江戸の世界も興味深く、いろは堂の世界はさらに広がります。今年も日本人ならではの美しい伝統と文化、そして自然の中で育まれてきた日本の手仕事を紹介していきたいと思います。</p>]]>

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<title>桜とクローン</title>
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<modified>2007-03-29T03:09:13Z</modified>
<issued>2007-03-29T02:52:03Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2007:/mt//1.90</id>
<created>2007-03-29T02:52:03Z</created>
<summary type="text/plain">ソメイヨシノは自家不和合性が強く、自らの個体の花粉ではまず実がならないということを。ですから、日本中に植えられているソメイヨシノは挿し木などで増やしたいった元の桜のクローンにあたるということになります。日本中にあるソメイヨシノの元は同じで、今各地にこの木があることを考えると、この木の花に魅せられた日本人の大いなる熱意に驚くばかりです。

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<name>hiromi</name>

<email>hiromiym@mb.infoweb.ne.jp</email>
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<dc:subject>花と緑</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="青空に映える桜" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/cherry_blossom2_s.JPG" align="right" hspace="15" width="300" /><br />
例年、今頃の時期になると桜の開花状況が気になります。気象庁の開花予報を参考にして旅行やお花見の予定を立てる方も多いことと思いますが、今年は開花予報が途中で大幅に変わってそれに一喜一憂された方もいらっしゃるのでは...。かく言う私も３月２１日に最初のお花見を予定していたものの、当日が近づいてくると真冬のような寒さが続いてこれではお花見どころではない、と４月に延期しました。なんだか悩ましい季節です。</p>

<p>桜と言えばやはりソメイヨシノですよね。ほんのりと赤みを帯びた白に近い桜色と可憐な花姿、花の時期が短くてはらはらと潔く、それゆえか感傷を誘う美しい散り際。日本人に深く愛されて各地に植えられています。</p>

<p>ところでご存知でしょうか。ソメイヨシノは自家不和合性が強く、自らの個体の花粉ではまず実がならないということを。ですから、日本中に植えられているソメイヨシノは挿し木などで増やしていった元の桜のクローンにあたるということになります。では最初のソメイヨシノはどのようにして生まれたのか、それには諸説あります。エドヒガンとオオシマザクラがその親であるという説が有力で、最近の遺伝子レベルの研究でもこの説が有力視されているようです。日本中にあるソメイヨシノの元は同じで、今各地にこの木があることを考えると、この木の花に魅せられた日本人の大いなる熱意に驚くばかりです。</p>

<p><img alt="ソメイヨシノ" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/cherry_blossom1.jpg" align="left" hspace="15" width="250"  />美しい桜の話からいきなり情緒のかけらも感じられないクローンの話になってしまいました。クローンだということを聞かされた私は、なんだか戸惑ってしまいました。スーパーの売り場では納豆はやはり遺伝子組み換えでないほうがよいかと悩んだり、つい最近韓国でオオカミのクローンが誕生したというニュースも耳にしたばかりですが、羊のドリーは可愛そうだったようにも思われる…。遺伝子の領域にまで人は足を踏み入れてよいものかどうかと。でも桜の花は好きだし、庭木などでは挿し木で増やすことはごく一般に行われている、クローンといってもいろいろあるのですね。</p>

<p>私の家のあたりではまだ二分咲程度ですが、桜の花はそんな難しいことを考えずにただ無心にその美しさを愛でよう。おいしいお弁当を持って、懐かしい人たちに若き日を共に過ごした場所で会える、私にとってはそんな季節に彩られた思い出を残してくれる優しい花です。</p>]]>

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<title>沖縄の布　-首里織、ミンサー織-</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/post_74.html" />
<modified>2007-02-28T15:25:50Z</modified>
<issued>2007-02-28T14:56:38Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2007:/mt//1.89</id>
<created>2007-02-28T14:56:38Z</created>
<summary type="text/plain">以前に取り上げた芭蕉布や紅型以外にも、沖縄独特の布地はたくさんあります。首里織は琉球王朝のまさにお膝元で生まれ、多彩な色や織の技法を発展させていき、現在では花織や首里道屯、首里絣、首里手縞など多くの種類に分けられます。八重山など各地で織られたミンサー織は場所によって少しずつ違うようです。</summary>
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<email>hiromiym@mb.infoweb.ne.jp</email>
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<dc:subject>伝統工芸</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　以前に取り上げた芭蕉布や紅型以外にも、沖縄独特の布地はたくさんあります。450年もの間繁栄した琉球王国によって、ときには人頭税といった過酷な歴史も背景にして、育まれ受け継がれたこれらの布の美しさには目を見張ります。貴重な宮古上布や八重山上布、久米島紬...。首里織は琉球王朝のまさにお膝元で生まれ、多彩な色や織の技法を発展させていき、現在では花織や首里道屯、首里絣、首里手縞など多くの種類に分けられます。幾何学的な文様をベースとした柄はとてもモダンな感じがします。八重山など各地で織られたミンサー織は場所によって少しずつ違うようです。八重山ミンサーに用いられる５つと４つの絣模様は、「いつ（五）の世（四）までも末永く」という意味があるのだそうです。５つと４つの柄を重ねると一つの正方形になるので、強い絆を表しているとも言われます。<br />
　第２次大戦の深い傷跡は今なお癒えぬものでしょうが、沖縄ではこうした伝統の布が時代の流れを経て、綿々と受け継がれているのです。<br />
<img alt="首里織" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/fabric_syuriori.JPG"  height="220" />    <img alt="八重山ミンサー" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/fabric_yaeyamaminsa.jpg" height="220"  /></p>

<p><br />
　私の沖縄の旅は急ぎ旅でなかなかゆっくりと伝統工芸を観て回るということができませんでしたが、次に沖縄を訪れるときは、ゆったりとした時間と海の色、空の色を楽しみながら、すばらしい布を見てきたいと思いました。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>あけましておめでとうございます</title>
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<modified>2007-01-04T17:56:00Z</modified>
<issued>2007-01-04T17:35:58Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2007:/mt//1.88</id>
<created>2007-01-04T17:35:58Z</created>
<summary type="text/plain">家族で静かなお正月を過ごしながらテレビのニュースを聞いていて気がつきました。 こうして当たり前のよう...</summary>
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<name>mariko</name>

<email>mariko@sohos.com</email>
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<dc:subject>キャンペーン</dc:subject>
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<![CDATA[<p>家族で静かなお正月を過ごしながらテレビのニュースを聞いていて気がつきました。<br />
こうして当たり前のように年末年始を迎えているけれど、実は，これは奇跡的なことなのだと。</p>

<p><strong>この一年皆さまがつつがなく健康に過ごせますように。</strong></p>

<p>                  *********         *********                  *********         *********         </p>

<p>2007年が始まりました。<br />
いろは堂をいつもご覧頂いている皆さま、いつもありがとうございます。<br />
今年もどうぞよろしくお願いいたします。<br />
今年もまた<strong>日本の伝統工芸</strong>を皆さまにお届けできるよう、より一層の努力をしてまいります。そして日本人ならではの<strong>美しい伝統と文化</strong>や自然の中で育まれてきた<strong>日本の手仕事</strong>を現代の暮らしに取り入れたり、継承していく活動を続けていきたいと思っています。</p>]]>

</content>
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<title>東京狭山茶手もみ保存会が受賞</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/post_72.html" />
<modified>2006-11-30T02:30:45Z</modified>
<issued>2006-11-30T02:19:08Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2006:/mt//1.87</id>
<created>2006-11-30T02:19:08Z</created>
<summary type="text/plain">いろは堂のお茶の製造元である本比園の比留間さんもメンバーである東京狭山茶手もみ保存会が、11月20日に静岡県で開催された第10回全国手もみ茶技術競技会で最優秀賞を受賞しました。
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<name>hiromi</name>

<email>hiromiym@mb.infoweb.ne.jp</email>
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<dc:subject>日本茶</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　いろは堂のお茶の製造元である本比園の比留間さんもメンバーである東京狭山茶手もみ保存会が、11月20日に静岡県で開催された第10回全国手もみ茶技術競技会で最優秀賞を受賞しました。<br />
　競技会参加者は「無欲の勝利」だったと語っています。手もみでお茶を作るのは体力と気力、技術を要する大変な作業で、受賞の影には日ごろの練習による研鑽があったことと思います。写真はその後、11月23日に東京都青梅市で開催されたJA西東京農業祭におけるお茶の手揉み実演の様子。この日は競技会出場者の２名も参加しての実演となりました。</p>

<p><img alt="手もみ実演の様子" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/temomi_jitsuen_0611.jpg" width="298" height="214" /><br />
</p>]]>

</content>
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<title>沖縄の布　-琉球紅型、城間栄順展-</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/post_71.html" />
<modified>2006-10-26T16:26:28Z</modified>
<issued>2006-10-25T15:10:55Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2006:/mt//1.86</id>
<created>2006-10-25T15:10:55Z</created>
<summary type="text/plain">東京で開催された宝城間栄順氏の琉球紅型展を訪ねた。日本に残る宝のような布に、栄順氏の豊かな紅型染色が施された作品が数多く展示。宝布とは、越後上布、結城紬、宮古上布、喜如嘉の芭蕉布、久米島紬、松岡姫。透けるような布と鮮やかな染色が印象深い。</summary>
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<name>hiromi</name>

<email>hiromiym@mb.infoweb.ne.jp</email>
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<dc:subject>伝統工芸</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="城間栄順氏の琉球紅型展の記念作品集、NHK出版" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/fabric_ryukyu_bingataten.jpg" width="200"align="left" hspace="20"/>　前回、沖縄の紅型という染めについて書きましたが、その後、紅型の名工、城間栄順氏の琉球紅型展（10月3日から9日まで）が東京銀座で開かれたので行ってみました。紅型宗家第15代となる栄順氏が第二次大戦の激しい戦場となった沖縄から、その父、栄喜氏とともに偶然にも逃れて生き残ったことは、琉球紅型にとっては大きな幸運でした。戦後、何もかもが焼き尽くされてしまった沖縄で、必死に紅型の復興を目指した栄喜氏、その父の下で紅型を学び、父亡き後もこの紅型の伝統に新しい息吹を吹き込む仕事を続けている栄順氏。運命の不思議を感じるとともに、現在の紅型の興隆の影にはそれにかけた人々の強い情熱を思い起こされずにはいられません。<br />
　今回の『宝布に華咲かち』と題した紅型展では、日本に残るまさに宝布ともいうべき素晴らしい布に、栄順氏の豊かな紅型染色が施された作品が数多く展示されていました。宝布とは、越後上布、結城紬、宮古上布、喜如嘉の芭蕉布、久米島紬、松岡姫。ガラス越しに明るい光が差し込む会場で、越後上布や芭蕉布の透けるような美しさに、さらに栄順氏の手による繊細な模様が加わって織りなす世界はまるで夢のよう。制作にはどれだけの時間がかかったことだろうと気も遠くなるような細かい図柄に華やかな色彩が映える久米島紬は無論のこと、藍色が印象的な芭蕉布や宮古上布の染色にもとても惹かれました。沖縄の自然に育まれた芭蕉布と紅型はとても相性がいいのですね。<br />
　この素晴らしい布と染め、そして明るい光とあと風さえあれば、いながらにして夏に訪れた沖縄の海辺にタイムスリップしてしまいそう...。作品のほとんどは着物になっていて、私もいつかこんな素晴らしい着物に身を包むことができたら、と思いました（写真は今回の作品展の記念として出版されている『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/414009334X?ie=UTF8&tag=irohashopwebl<br />
-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=414009334X"> 宝布に華咲かち―城間栄順 琉球紅型作品集</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=irohashopwebl-22&l=as2&o=9&a=414009334X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』です）。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>沖縄の布　-琉球紅型-</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/post_70.html" />
<modified>2006-09-22T06:00:22Z</modified>
<issued>2006-09-22T05:05:38Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2006:/mt//1.84</id>
<created>2006-09-22T05:05:38Z</created>
<summary type="text/plain">沖縄の代表的な工芸品の1つである琉球紅型の染め。手作業で色を差していくところが特徴で、型染めであっても１つ１つの作品が全く同じにはなりません。独特の色と柄とが醸し出す美しさは沖縄らしさに溢れています。</summary>
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<name>hiromi</name>

<email>hiromiym@mb.infoweb.ne.jp</email>
</author>
<dc:subject>伝統工芸</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="琉球紅型の風呂敷とコースター" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/fabric_ryukyu_bingata_all.jpg" width="200" align="left" "hspace="15"/>　沖縄の衣装というとどのようなものが思い浮かぶでしょうか。首里城を訪れると、独特の衣装を身にまとった女の人たちを目にします。いっしょに記念写真を撮らせてもらったり、中には衣装を借りて写真を撮ったりできるところもあるようですが、この衣装とはおもに赤や黄の地に細かい紋様が入ったあでやかな着物です。本州などのいわゆる内地ではあまり見ないようなこうした布は、中国や近隣諸国との交易を通して文化を育んできた沖縄ならではのものだと言えるでしょう。<br />
　これは、麻や綿、絹、ときには芭蕉布などの素材に「紅型」（びんがた）と呼ばれる染色を施したものです。染色された糸を布に織り上げていく方法ではなく、織り上がった布を染めていきます。琉球紅型は基本的には型染めであり、布の上に型を置き、その上から糊を引きます。風呂敷や舞台幕などには筒描きと言って型を使わずに糊を直接置いて模様を描いていく方法もあります。いずれの方法も糊の間に手作業で色を差していくところが特徴で、型染めであっても１つ１つの作品が全く同じにはなりません。<br />
　紅型は琉球王朝時代には王朝の礼服などに使用され、一般庶民には祝着としてしか許されていませんでした。王朝では身分や年齢などによって柄の大きさや地色などが違っていたそうです。また、一度使用した図案は王家に返さなければならなかったという話もあり、紅型の着物を一着作るには途方もない手間と時間がかかったことが想像されます。手の込んだ型を彫るにはときには何日もかかりますし、また色を手差ししていくにも膨大な時間がかかったことでしょう。<br />
　第二次大戦時に壊滅的な被害を受けたものの、伝統を受け継ぐ人々が物資が不足するなかで紅型の復興を目指し、力を尽くしました。現在では紅型の工房も増えて、Ｔシャツや風呂敷、コースターなどお土産品として購入できる小物類も多彩になりました。紅型の着物はちょっと無理でも、こうした小物で沖縄テイストを気軽に味わうのもいいですね（写真は私のお土産、上から風呂敷、風呂敷の柄拡大、コースター）。独特の色と柄とが醸し出す美しさは沖縄らしさに溢れています。<br />
</p>]]>

</content>
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<title>沖縄の布　-芭蕉布-</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/post_69.html" />
<modified>2006-09-02T01:41:41Z</modified>
<issued>2006-09-01T22:59:01Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2006:/mt//1.83</id>
<created>2006-09-01T22:59:01Z</created>
<summary type="text/plain">沖縄の布には琉球王国の王族のために発展していった首里織や、読谷や八重山など各地で織られたミンサー織、また芭蕉布などがあります。芭蕉布は薄く涼やかな布で、制作には非常な手間と労力がかかります、</summary>
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<name>hiromi</name>

<email>hiromiym@mb.infoweb.ne.jp</email>
</author>
<dc:subject>伝統工芸</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.iroha-dou.com/mt/">
<![CDATA[<p>　このほど沖縄を訪ねてきました。沖縄は日本と中国、また東南アジアの国々との間に位置し、重要な交易の地として栄え、独特の文化を育んできた地です。<br />
　<img alt="首里城" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/shurijyo1.jpg" width="130" align="right" hspace="10" vspace="10" />やはり印象的だったのは首里城。15世紀から450年ほどこの地を支配してきたのは琉球王国ですが、この王国によって建設され、現在は世界遺産にもなっています。朱塗りの奉神門をくぐれば、赤い絨毯のように真っ直ぐに正殿に向かう通路と整然と描かれた白い線が印象的な広場、そして龍を冠いた鮮やかな正殿が目に飛び込んできます。壮大な建築ときらびやかな装飾品などから、当時の琉球王国の繁栄振りと王族の力が偲ばれました。<br />
　さて、沖縄には琉球ガラスや壺屋焼きなどさまざまな工芸品がありますが、特筆すべきはやはり布でしょう。琉球王国の王族のために発展していった首里織や、読谷や八重山など各地で織られたミンサー織、また芭蕉布など。</p>

<p><img alt="芭蕉布のバッグ、私が残波岬近くで購入したもの" src="http://www.iroha-dou.com/mt/images/fabric_basyofu_bag_s.JPG" width="220" align="left" hspace="10" vspace="10" />芭蕉布はこの琉球王国が繁栄する前から存在していたといいます。バナナと同じ仲間である糸芭蕉という植物の皮を原料にして、これから糸をとり、織り上げていくといいますが、栽培から乾燥等を経て手作業で布にしていくまでには膨大な手間と時間がかかります。布の分類で言えば、平織の絣。芭蕉布は「トンボの羽」にもたとえられるほど薄く軽くて風通しがよいので、暑い沖縄の夏を過ごすにはこの着物が絶好、着物も沖縄流にゆったりと着れば、風をはらんで涼しく過ごせます。<br />
　繊維の質によって、着物のほかに、ネクタイやショール、コースター、写真のようなバッグも製作されています。写真は私がお土産用にと購入したバッグ。清涼感が夏に持ち歩くにはよいと思います。ワンピースが買えたらもっと涼しく夏をすごせたかもしれないけど...。</p>]]>
<![CDATA[<p>　前回取り上げた小千谷縮みも非常に制作に手間のかかる貴重な布ですが、かつては沖縄中で生産されていたこの芭蕉布も、現在は大宜味村喜如嘉で細々と生産が続けられている「幻の布」とも呼ばれるほど。こちらも原材料を糸に仕上げていくまでの工程に非常に手間がかかります。一反の芭蕉布を得るにはて200本の糸芭蕉が必要で、その栽培には２〜３年の年月がかかる。そしその糸芭蕉の皮を剥ぎ（苧剥ぎ）、木灰汁で煮（苧炊き）、原皮をしごき（苧引き）、そこから１本１本繊維を手繰って糸にしていく（苧績み）とざっと端折って説明しただけでその膨大な時間と手間に驚きます。そしてこれを染め、織り上げて芭蕉布が完成するのです。</p>]]>
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<title>一枚の布　小千谷縮み（おぢやちぢみ）</title>
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<modified>2006-09-02T13:17:55Z</modified>
<issued>2006-08-19T16:41:31Z</issued>
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<created>2006-08-19T16:41:31Z</created>
<summary type="text/plain">雪から生まれた布

小千谷縮みという夏のきもの地があります。麻の織物なのですが生地の表面に波状の皺があるのが特徴。皺はしぼと呼ばれ、この凸凹したしぼがあるお陰で、風通しが良いだけでなく肌に張り付かないさらりとした着心地になり、盛夏のきものにもってこいというわけです。</summary>
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<dc:subject>日本文化</dc:subject>
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<![CDATA[<p>雪から生まれる布</p>

<p><img alt="小千谷縮み" src="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/images/ojiya.jpg" width="240" height="320" align="left" hspace="20"/>小千谷縮みという夏のきもの地があります。麻の織物なのですが生地の表面に波状の皺があるのが特徴。皺は<strong>しぼ</strong>と呼ばれ、この凸凹した<strong>しぼ</strong>があるお陰で、風通しが良いだけでなく肌に張り付かないさらりとした着心地になり、盛夏のきものにもってこいというわけです。</p>

<p>小千谷縮みの生産地は新潟県小千谷市。小千谷といえば豪雪地帯。一年の半分をも雪の中で過ごすことを強いられる農家の女性達によって受け継がれてきました。</p>

<p>麻の糸は乾燥すると切れやすくなるので、雪が降る11月から４月の湿度が高い間に糸を績み(うみ)、機織りをします。</p>

<p>降雪が落ち着く春になると、織り上がった反物の糊を落とすため洗う。そして晴れた日に雪の上に干して晒す。これが越後の春の風物詩、雪晒し(ゆきさらし）です。日光で雪が蒸発するときに生じるオゾンの漂白作用により生地が晒され、白はより白く、色柄は鮮やかになります。</p>

<p>糸作りに始まり反物として仕上がるまで、ひと冬4メートルも降る雪が小千谷縮みには不可欠であることを知りました。遠い昔小千谷の人は深い雪にも負けず、むしろその雪を利用して小千谷縮みを生み出したのです。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>しかしこの伝統的な技法どおりに作られ、重要無形文化財の指定を満たすものは現在では「年に１反」といわれるほどの希少価値になってしまいました。なによりも糸の生産が危機に瀕しているのです。麻の繊維である青苧(あおそ)を口でくわえて爪で裂く。裂いてはまた裂き、髪の毛ほどの細い糸にする。それを結び、よりあわせ、太さの均一な一本の糸にする。気が遠くなるような作業を根気よく続け、ひと冬かけてできあがる糸の量は 1 反分にしかなりません。</p>

<p>雪が深く、なにもできなかった昔だからこその手仕事。その自然環境も時代も変貌してしまった今、雪から生まれたこの美しい布は幻になってしまうのでしょうか...</p>

<p>それでも近年績み子といわれる苧績みの職人が育ち、平成13年度、小千谷縮みは着尺で３反織り上がるようになったという嬉しいニュースを聞きました。単調で細かな作業の繰り返しを強いられる小千谷縮みには、越後の人の実直さが織り込まれ、雪の涼気を帯び、凛として美しい。</p>

<p>参考にした本：<br />
「<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4259546694">きもの紀行　染め人織り人を訪ねて」</a>　立松和平　　　　　家の光協会</p>]]>
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<title>春を食べる</title>
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<modified>2006-04-17T16:48:32Z</modified>
<issued>2006-04-17T16:38:07Z</issued>
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<summary type="text/plain">春一番に庭の片隅で顔を出すふきのとうにはじまり、春の訪れを感じさせてくれる木の新芽や草。子どもの頃は苦手だったはずの香りと苦味が、年を重ねるごとに忘れがたい味になったきました。</summary>
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<dc:subject>花と緑</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="菜花" src="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/images/nanohana.jpg" width="230" height="310" align="left" hspace="20"/>春一番に庭の片隅で顔を出すふきのとうにはじまり、春の訪れを感じさせてくれる木の新芽や草。子どもの頃は苦手だったはずの香りと苦味が、年を重ねるごとに忘れがたい味になったきました。</p>

<p>先日、郊外に住んでいる友達から「辛子びたしにするとおいしいよ」と、地元の菜花をいただきました。先の方にちょこちょこと咲き出している黄色い花があまりに可愛いので、ガラスの器にいれて飾っておいたら、翌日には満開の菜の花。にょきっと伸びた茎はしっかりと朝日の入る方角を向いています。成長期の子どものよう。パワフルな生命力。</p>

<p>昔から「君がため　春の野に出て　若菜摘む......」とうたわれているように、早春の野山で芽生えたばかりの木の新芽や草を探して摘むのは、春の訪れを実感できる楽しみのひとつですが、春の息吹を食べることは、生まれたばかりの青いものの生命力を身体に取り込み元気を分けてもらう知恵でもあったのですね。<br />
</p>]]>

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<title>九谷焼にかけた壮大なる夢、吉田屋伝右衛門</title>
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<modified>2006-02-05T07:14:20Z</modified>
<issued>2006-02-03T15:57:18Z</issued>
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<created>2006-02-03T15:57:18Z</created>
<summary type="text/plain">古九谷と言えば、江戸初期のわずか40年ばかりの間に生産されていた焼物の名品。古九谷が消えてしまって100年以上も後に、72歳にして九谷焼の再興に着手した加賀の商人、四代目吉田屋伝右衛門の話は非常に興味深いものです。</summary>
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<dc:subject>九谷焼</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="いろは堂の吉田屋風商品：河島　洋による壺、S7-5044" src="http://www.iroha-dou.com/images/S7-5044.jpg" align="right" hspace="20" width="120"  border="0" />　去る１月にNHKの新日曜美術館で美術展「古九谷浪漫　華麗なる吉田屋展」に関連して九谷焼と吉田屋について取り上げていました。ご覧になった方もいらっしゃることと思います。古九谷と言えば、江戸初期のわずか40年ばかりの間に生産されていた焼物の名品ですが、生産地にも諸説あるほど、わからないことが多いのです。今回の「吉田屋展」に向けて発足した研究会では歴史的背景を研究し、いろいろなことが明らかになってきたと言います。<br />
　古九谷が消えてしまって100年以上も後に、72歳にして九谷焼の再興に着手した加賀の商人、四代目吉田屋伝右衛門の話は非常に興味深いものです。長年コツコツと古九谷の釉薬を研究していたという釉薬調合の職人、粟生屋源右衛門が、九谷焼を愛してその再興を夢見る伝右衛門と出会ったことで、九谷焼の再興という壮大な浪漫が現実のものとなっていきます。伝右衛門の巨額の財を注ぎ込もうという熱意と、命の危険をも顧みずに伝右衛門の下で釉薬の調合を完成させた源右衛門がいなければ、今日の九谷焼はなかったかもしれません。<br />
　ついに開かれた吉田屋窯には、何人かの上絵師がいたこともわかっています。通常は作品に絵師の名前はないのですが、特に優れたものはほとんどが鍋屋丈助の手によることが明らかになってきたと言います。画を学んでいたことのある上絵師、鍋屋丈助の技術は秀逸で、「鷺に柳図平鉢」など繊細な筆づかいには目を見張ります。量産を目指さずに鍋屋丈助が古九谷同様、一品一品絵筆をとっていったのでしょう。<br />
　その後、吉田屋窯はまもなく閉じることとなりますが、青手古九谷の伝統を受け継いだ緑、黄、紫、紺青の四彩による繊細にして重厚な九谷焼の画風は現在でも吉田屋と呼ばれます。また、伝右衛門らが再興した九谷焼と区別するために江戸初期の九谷焼を古九谷と呼ぶようになったそうです。<br />
　この「吉田屋展」は残念ながら東京ではもう終わってしまいましたが、3月26日まで石川県九谷焼美術館で開催中で、その後、京都、茨城、名古屋と場所を移しながら7月17日まで開催される予定です。</p>]]>

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<title>あけましておめでとうございます</title>
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<modified>2006-01-05T15:43:05Z</modified>
<issued>2006-01-05T15:25:37Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2006:/mt//1.79</id>
<created>2006-01-05T15:25:37Z</created>
<summary type="text/plain">あけましておめでとうございます。
今年が皆さまにとって、明るく穏やかな年でありますように

今年も去年と同じご挨拶になってしまいましたが
あまりにも辛く痛ましい事件や暗い事件ばかりのニュースを聞くにつけ、
ただただ、明るく穏やかであることを祈るばかりです。

年頭にあたり
今年もウェブログで日本の伝統工芸を紹介していきたいと思います。</summary>
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<name>mariko</name>

<email>mariko@sohos.com</email>
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<dc:subject>伝統工芸</dc:subject>
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<![CDATA[<p><strong>あけましておめでとうございます。<br />
今年が皆さまにとって、明るく穏やかな年でありますように</strong></p>

<p>今年も去年と同じご挨拶になってしまいましたが<br />
あまりにも辛く痛ましい事件や暗い事件ばかりのニュースを聞くにつけ、<br />
ただただ、明るく穏やかであることを祈るばかりです。</p>

<p><u>年頭にあたり</u><br />
今年もウェブログで日本の伝統工芸を紹介していきたいと思っています。</p>

<p>このところ「もったいない」という言葉が見直されているようですが、「モノを大切に使う」ことはごく普通の価値観だったはず。伝統職人の方々の技術と仕事の手間を知れば知るほど、作り手は使い手の心を思い、使い手は作り手の心に応えていたのが日本の手仕事だったのではないかということに気付かされます。</p>

<p>後継ぎがいない、営利と結びつかないなどの理由で衰退していく伝統工芸が博物館や個人のコレクションでしか見れなくなってしまわないように、伝統工芸が私たちの大切な宝物であることを認識し、そして日本の手仕事の原点に戻れたらと思っています。</p>]]>

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<title>人形と小物入れと布</title>
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<modified>2005-11-21T00:33:29Z</modified>
<issued>2005-11-20T15:25:29Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2005:/mt//1.78</id>
<created>2005-11-20T15:25:29Z</created>
<summary type="text/plain">人形作家、与勇輝氏の作品が展示されている河口湖ミューズ館に行きました。氏はこうした作品を作るのに古い着物の布を利用しているそうです。私の小物入れは、捨ててしまうのはもったいないと、古い着物の布で作られもの。着られなくなってしまったものでも、こうしてまた息を吹き込まれるものもあるのですよね。
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<name>hiromi</name>

<email>hiromiym@mb.infoweb.ne.jp</email>
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<dc:subject>日本文化</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="河口湖ミューズ館、与勇輝作品展のチケット" src="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/images/atae_ticket.JPG" width="120"  align="right" vspace="20" hspace="20" />少し前のことですが、人形作家、与勇輝氏の作品が展示されている河口湖ミューズ館に行きました。ご覧になったことがありますか？　多くは子ども達を題材にした作品で、その子ども達の表情や仕草がまるで本当に目の前にいるかのように、あどけなく、可愛らしく、ときにひょうきんに、ときに悲しく、表現されています（写真はそのときのチケット）。</p>

<p>ポスターを１枚帰りに買ってきたのですが、「ごめんください」と題されたこの作品は、作者解説によれば、母親にお使いを頼まれ、おそるおそる訪問先の玄関の格子戸を開けたところだそうです。少女の表情がなんとも言えず可愛らしいのです。ほかに、「おやつ」という作品では、四人姉弟が並んで行儀よくまんじゅうを前に座っているですが、弟らしき男の子の目がなんともいえません。どうやら「自分の分だけ小さい」と思っているようで微笑ましい。このように与氏の作品は、生活の中のほんの一瞬だけを切り取って、しかし、そこからいろいろな情景や気持ちを見事に伝えてきます（氏の作品をご覧になりたい方は<a href="http://www.musekan.net/">こちら</a>で紹介されているバックナンバーをご覧ください。もちろん本物は現地で）。</p>

<p>ところで、氏はこうした作品を作るのに古い布を利用しているそうです。私の好きな「ごめんください」の作品も実は女の子が手にもつ「風呂敷包みの布を見つけるのに長い時間がかかりました」ということで、材料にもこだわって集めていらっしゃることが分かります。</p>

<p><img alt="古布から作られた小物入れ" src="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/images/komonoirre.JPG" width="180" align="left" vspace="20" hspace="20"  />布と言えば、私の小物入れに古い着物のはぎれを使って作ったものがあります。何年か前に東京の横田基地界隈を歩いていたときに小さなお店で見つけたもの。お店の方が、捨ててしまうのはもったいないと、古い着物の布で作ったことを話してくださいました。着られなくなってしまったものでも、こうしてまた息を吹き込まれるものもあるのですよね。</p>

<p>与氏も作品を作る古い布（化繊のものは除く）を捜していらっしゃるという話がミューズ館に掲示されていました。ここでも、古布が新しい命をもらっているのですね。着物の布は、今は洗濯できるような便利なものもあって多様化しているようですが、古来の日本の布の、柄や風合いなど、その独特の美しさに改めて気づかされます。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>私の観た常設展「ひなたぼっこ」はもう終わり、今は「わんぱく時代」という、男の子をテーマにした展示に変わっているそうです。<br />
</p>]]>
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<title>一枚の布 - 会津木綿</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/post_64.html" />
<modified>2005-10-23T13:44:28Z</modified>
<issued>2005-10-23T13:30:19Z</issued>
<id>tag:www.iroha-dou.com,2005:/mt//1.77</id>
<created>2005-10-23T13:30:19Z</created>
<summary type="text/plain">一緒に暮らしている母から和服仕立てのうわっぱりを頂戴しました。縞柄が特徴の会津木綿のものです。薄茶の地色に臙脂(エンジ)，うぐいす、こげ茶、青の4本の縦縞模様は、ただ縦長の直線が並んでいるだけなのですが、これがなんともシンプルでしゃれています。鮮やかな色使いもすてき。ざらっとした綿の質感はたまりません。</summary>
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<name>mariko</name>

<email>mariko@sohos.com</email>
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<dc:subject>日本文化</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.iroha-dou.com/mt/">
<![CDATA[<p><img alt="aizumomen.jpg" src="http://www.iroha-dou.com/mt/archives/archives/images/aizumomen.jpg" width="175" height="192" align=left hspace="10" />一緒に暮らしている母から和服仕立てのうわっぱりを頂戴しました。縞柄が特徴の会津木綿のものです。薄茶の地色に臙脂(エンジ)，うぐいす、こげ茶、青の4本の縦縞模様は、ただ縦長の直線が並んでいるだけなのですが、これがなんともシンプルでしゃれています。色使いもすてき。ざらっとした綿の質感はたまりません。</p>

<p>会津木綿は、江戸時代の初期から福島県会津若松市いったいで織られてきた縞柄の綿織物のこと。時の藩主が会津藩士の妻の内職として機織りを奨励したのがきっかけで発達し、現在まで約400年もの間受け継がれている織物だそうです。妻たちの内職として発達していったせいでしょうか、機織職人の高度な技術で織られた織物と違い、技巧のない素朴な味わいがあります。</p>

<p>それにしても会津の妻たちは頑なに縞模様だけを織り続けています。どこかで絣模様が流行っていても見向きもしない。自分たちの縞にこだわり続けるその気質こそが会津人の頑固さなのだと解説している本があります。しかも同じ会津でも会津若松と喜多方、裏磐梯では縞柄がまったく違うのだそうです。それぞれの土地で育まれた独特の縞柄を土地の誇りとして守り続ける、この一本木な気質がそのまま一直線に伸びる縞模様そのものになっているような気がします。</p>

<p>会津といえばすぐに白虎隊の悲劇を思い浮かべてしまいますが、あの律儀で頑なまでに筋を通そうとした会津人の気質が、たった一枚の布に表れるなんて...。一枚の布に惹かれます。</p>]]>

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