男も着物でいこう!幇間(ほうかん)という絶滅危惧芸人 ― その2

前回(といってももう3ヶ月も前の話ですが)のブログに書いた、幇間(ほうかん)の、櫻川七好 (さくらがわ・しちこう)さんのお座敷はめずらしさもあって、印象に残っている。彼の軽妙な芸と芸人魂に感動したが、その日に着ていた羽織の裏にも技あり で驚いた。いわゆる、春画ってやつで、男女がからむ姿がかなりリアルに描かれている。なんと豪華で、なんと色っぽいこと! あえてそんな図柄の生地を探し 集めて羽裏にあつらえたというのだから、七好さん、さすがに遊びの達人だけあって念が入っている。

この羽織は「裏勝り」という着物のおしゃれのひとつ。表地はいかにも落ち着いた無地や縞でも、裏地に高価な生地が用いられたり、見事な山水画や浮世絵が描かれたりして、派手さ、趣向の点で、表地に「勝って」いるからだが、そこがなんとも粋なんだなぁ。

そもそも、いまは絶滅危惧さえ案じられる着物を日常着としていた日本人は、その昔から男だってかなりお洒落だったのだ。むしろ、男のほうが衣装と しての着物にバラエティがあったともいえる。例えば、戦国時代の武将たち。織田信長や伊達政宗の派手な陣羽織は、ここぞとばかりに戦場で目立つために凝ら した色、柄、装飾に、現代でも通じるほどのファッションセンスが光る。

江戸時代も元禄以後、裕福な商人たちが台頭すると、男たちは着物に贅を尽くし、小物にこだわり、着飾って歌舞伎見物や遊郭通いなどを楽しんだ。そ こへ、幕府による改革の目玉(?)ともいえる奢侈禁止令が出た。絹の着物や派手な色柄といった贅沢をしちゃいかん、というのだ。

もっとも、禁止されて、はい、そうですか、といって素直に従うなんてあり得ないのが江戸っ子だ。おしゃれな人ならなおさら、そんな愚令を受け入れ るはずがない。むしろ、なに言ってやがる! と内心叫びながら、どんどん見えないところに凝っていった当時の男たちの反骨精神が「裏勝り」に表れている。

そんな江戸っ子の精神性を受け継ぐ七好さんの、いかにも着物を着慣れた所作、立ち居振る舞いを見ていて、私は確信した。なにが色っぽいといって、 男性の着物姿ほど色っぽいものはないのではないか、というかなり昔から心に秘めていた思いを……粋な風情がきちんと出れば、男の着物姿はホントにカッコい い。

身近に着物を着る男がいなければ、例えばNHK大河ドラマを見ればいい。今年も高視聴率の『天地人』でいえば、阿部寛のようなバタ臭い顔立ちで も、上杉謙信の香気がその衣装からも漂ってくるような気がする。昨年の『篤姫』の徳川家茂役の松田翔平はまるで七五三のように着物姿が初々しく、一昨年の 『風林火山』で内野聖陽が演じた山本勘助は、武田信玄に仕官するまで身につけていたよれよれの着物が彼の生き様のままに野趣に満ちていた。どんな役であ れ、各俳優の演技に妙に惹かれたのは、その人物の魅力が着物という衣装を通じてちゃんと伝わってきたからだと、着物ウォッチャーの私は信じている。

でも、テレビや映画の劇中ではなく、実際に身の回りで男たちの着物姿をもっと見たいものだ。男性の皆さん、ぜひチャレンジを! これからの季節、 まずは初級の木綿の浴衣からいかがだろうか。着物と帯などがセットで売っている。さらに、シャリッとした麻の着物にキリッと角帯締めて、というのもおすす めだ。あるいは、いっそ本格的に、涼しげな紗(しゃ)の着物にパナマ帽なんぞ被って決めれば、お洒落度は上級並み。和服版粋なチョイワルオヤジが気取れる というものだ。

平成大不況とはいえ、奢侈禁止令などは出ていない。手頃な着物はたくさん出回っている。しかも、着物なら気になるメタボ体形も隠せる。着物を着る ために伝統的なお稽古事をする女性が増えているように、男性もそんな場をつくって着物を着ていくようにすればいい。そして着慣れるころには、洋服を着てい るときとは違った、女性たちからの興味津々の視線を浴びるようになるはずだ。これぞ、「男勝り」なナデシコたちさえものにできるかもしれない着物の効能な のである。もちろん、七好さんはその効能のいかんを教えてはくれなかったけど、お座敷に呼べば、教えてくれるかもしれませんよ。(石原恵子)