招き猫の町「豪徳寺」

よく晴れた秋の平日、豪徳寺に行ってみようと新宿へ。

世田谷にある曹洞宗大谿山豪徳寺は彦根藩主井伊家の菩提寺です。桜田門外の変で暗殺された大老井伊直弼もここに眠っています。

江戸時代初期、当時まだ貧しい寺だった弘徳院(現在の豪徳寺)の和尚は猫を大変かわいがり、自分の食をけずってでも猫に与え、わが子のように育てていました。ある日和尚は猫に向かい「もし恩を感じてくれているのなら、福を運んできてくれないか」と言いつけます。

数ヶ月後の夏の昼下がり、寺に狩を終えた5、6人の武士が訪れます。和尚は奥へ招きいれ、接待し、心静かに説法をします。これに喜んだ内の1人、彦根藩2代目藩主井伊直孝はこれが縁でたびたび寺を訪れるようになります。やがて世田谷が井伊家の所領となったのを機に弘徳院が井伊家菩提寺となり、寺は繁栄します。

この貧しい寺の前を偶然通りかかった井伊直孝一行を、門の中に手を上げ招き入れたのが、和尚の愛猫でした。和尚はこれは猫が日頃の恩に報い、福を招いてくれたご利益だと喜び、後にこの猫の墓を建て冥福を祈り、後の世の人々にも、愛猫が門前でみせた手を上げ招き入れる姿を形にした人形を「招福猫児(まねきねこ)」と名をつけ祈ることで幸福が訪れるようにと祈願したそうです。

これが豪徳寺「招福猫児(まねきねこ)」物語。

普段けっこう招き猫のお世話になっているのに、豪徳寺には一度も行ったことがなかったな、などと考えながら車窓を眺めていると、小田急線豪徳寺の駅に到着。高架複々線化が完了した2階ホームからエスカレータで1階へ降り、改札口を出て左へ。豪徳寺商店街は通勤通学のラッシュの時間を過ぎ、落ち着いた空気が流れていました。昔ながらの商店街を歩いていると、

豪徳寺へ
豪徳寺へ

市場の看板に、銀行の出窓に、街灯の柱に、蕎麦屋の見本のわきに、「まねきねこ」の人形や絵を見つけました。なるほど「まねきねこ」の街。でもそれはさりげなく、この街に「まねきねこ」が浸透していることをうかがわせます。

豪徳寺の市場
豪徳寺の市場
豪徳寺へ:その2
豪徳寺へ:その2

しばらく歩いているとやがて豪徳寺の敷地の周回へ。閑静な住宅街の中にある大きな寺の敷地をグルッと半周ほどすると正門へ到着しました。うしろを振り返ると立派な松に囲まれた参道があり、敷地のまわりをめぐって来たので直接正門に着いたことに気づき、参道口方向へ歩き、参道から正門を眺めてみました。

豪徳寺参道
豪徳寺参道
豪徳寺門前
豪徳寺門前
豪徳寺門入る
豪徳寺門入る

歴史を感じさせる正門をくぐり敷地内に入ります。まず目に付くのは三重の塔、そして仏殿、本堂、建てられた時代は違うようですがそれぞれ落ち着いた風格があります。そして手入れの行き届いた庭。境内からは清潔感を感じました。

豪徳寺内
豪徳寺内
豪徳寺三重塔
豪徳寺三重塔

三重の塔のすこし奥に入ったところにある「招福堂」。門をくぐりお堂の左脇をさらに奥へすすむと、ひっそりと「招福猫奉納所」がありました。大小さまざまな大きさの「まねきねこ」が木の棚にぎっしり並んでいました。ひっそりと、静かに。

豪徳寺・招福堂入口
豪徳寺・招福堂入口
豪徳寺・招福堂1
豪徳寺・招福堂1
豪徳寺・招福堂2
豪徳寺・招福堂2
豪徳寺・招福堂3
豪徳寺・招福堂3

受付のまえに「まねきねこ」の看板が。おもえば豪徳寺境内唯一の絵看板です。このように、街中同様、豪徳寺境内でも「まねきねこ」はさりげなく。

豪徳寺・招き猫の看板
豪徳寺・招き猫の看板

受付で「まねきねこ」2号を購入しました。顔の小さな凛々しい猫です。これぞ由来の寺、豪徳寺の「まねきねこ」です。

豪徳寺・「まねきねこ」2号
豪徳寺・「まねきねこ」2号

もっと派手に宣伝しているのかと思っていましたが、さにあらず。「まねきねこ」はその由来とともに、質素にそして大切に守られています。うーん、お見事!