房州うちわ – 受け継がれる日本の手仕事

連日の猛暑。職場に着くや傍らのうちわ(団扇)で熱る頬を扇ぎます。手にしたうちわは近所の商店の名が印刷されたプラスチック製の味気ないもの。子供の頃うちにあったのは確か竹と和紙で作られていたっけ。そんな昔ながらのうちわが千葉県南房総で今も手づくりされていると知り、夏休みの一日、南房総市富浦町にあるうちわの太田屋さんを訪ねてみました。

その工房は国道から脇道に入った木立の中にありました。看板がなければ通リ過ぎてしまいそうなくらい普通の農家のような佇まい。裁断されたままの竹が所狭しと積まれた作業場。突然訪れた私たちに作業の手を止め対応してくださった方が房州うちわの伝統を受継ぐ四代目太田美津江さんでした。

作業場に隣接する展示室。決して広くないスペースに仕上がったうちわが形別、貼ったものの素材別に立てられています。大きな楕円形のもの、小さいサイズもの。手描きの絵を貼ったもの。漉いた和紙を貼ったもの。浴衣地を貼ったものもあります。紙以外の素材が使われているその発想に驚きましたが、色といい柄といい夏の風情が高まります。葛飾北斎の浮世絵。これは特別注文で染め上げた縮緬を貼ったのだそうです。手にしてみると細くて丸い竹の質感が心地よく、思いのほか軽い。竹ってこんなに美しいものだったのだなぁと再認識しました。

浴衣地、窓、柄、広重の版画の複製.jpg
房州うちわは、千葉県内で始めて国の伝統工芸品として指定され、京都の京うちわ、四国の丸亀うちわとともに日本三大うちわの一つ。本体に柄を差し込んで仕上げる京うちわ、柄の平らな丸亀うちわに対し、房州うちわの特徴は竹の丸みを生かした丸い柄。そして柄の上にできる細かく裂いた竹で編まれた扇形の窓の美しさ。1本の丸い竹で柄から骨組みまで作る房州うちわでしか生み出せない特徴です。

しかしこのうちわづくりには、竹の選別から仕上げまで21もの工程があると伺い驚いてしまいました。まずは良質の竹の伐採、皮をむき、磨き上げてから水洗い。自然の素材を材料にするまでにすでに4工程。次に竹を割り、柄に穴を開け、糸で骨を編む。柄詰、弓削、下窓、窓作りなど仕上げまですべて手作業。熟練した職人さんたちの技を経てやっと一枚のうちわになるのです。最高の原材料を選び、それを手間をかけて材料にし、永い伝統に培われた技術で丁寧に作る、これこそがもの作りの原点に違いありません。

工程.jpg
分業の大変さを伺いながら、美しいうちわにほれぼれしている私たちに、「あんまりしゃべるなと父は言うんですよ、貧しいことがばれてしまうからって」「えっ?」「もともとは江戸下級武士の妻の手内職だったんですよ。傘張りみたいに。」と静かに微笑まれる太田さん。房州うちわの由来は、江戸時代に武士が弓矢の矢を作る際に出る廃材を利用して妻たちが手内職で作ったうちわが前身だというのです。

お家(おいえ)を守る武士の妻の凛とした姿と、伝統を受継ぎ守り育てている太田さんの誇り高き姿とが重なりました。